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平成後期、建築界は2度の大きな挫折を経験する。2011年3月の東日本大震災と、2015年7月の新国立競技場当初案の白紙撤回だ。いずれにも深く関わった内藤廣氏が、建築界の閉鎖性について語る。

「建築家は、逆に社会から遠ざけられた」

(写真:山田 愼二)
(写真:山田 愼二)
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内藤 廣(ないとう ひろし)
1950年神奈川県生まれ。74年早稲田大学理工学部建築学科卒業。76年同大学大学院にて吉阪隆正に師事、修了。スペイン・マドリードのフェルナンド・イゲーラス建築設計事務所、菊竹清訓建築設計事務所を経て、81年内藤廣建築設計事務所設立。2001年東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻助教授、02-11年同教授。10-11年同大学副学長。11年同大学名誉教授。06年から東京都景観審議会計画部会専門委員。93年日本建築学会賞、2000年村野藤吾賞、01年毎日芸術賞、06年および07年土木学会デザイン賞最優秀賞、08年経済産業大臣賞を受賞

内藤さんは東日本大震災の復興の委員会に複数参加されていましたが、日本の建築界はこの震災を経験して変わったと思いますか。

 変わっていません。変わらなければいけないと思いましたけどね。

 本当は、復興のスタートから建築家も一緒になって考えなければいけないはずだったんだけど、行政側から排除されてしまいました。

 東日本大震災を契機に、建築あるいは建築家は、逆に社会から遠ざけられた感じがします。さらには、建築と都市と土木の断絶も深まった。残念です。

 建築としては、山のようにいろいろな提案をしたんだけど、ほとんど聞いてもらえなかったという挫折感があると思います。

排除された原因は。

 一般的に言うと、行政側にとって建築というのは「業者」なんですよ。建築家がボランタリーで絵を描いて、あるべき姿を提案しても、それは営業行為としてしか見られない。

 大事なのは平時につくり上げられる信頼関係。行政と建築家の間に、非常に濃密な信頼関係みたいなものがあれば、そうはならなかったかもしれない。

建築界が復興の意思決定に関わるにはどうしたらよいでしょうか。

 まずは勉強することです。現行の行政システムについて知っている人がどれだけいるのか。もっと言うと、土地区画整理法を読んだことがある建築家がどれくらいいるのか。知らないで文句ばかり言っても意味がない。それでは子どもと同じです。

 まず法律を理解して、その中に潜んでいるいろいろな問題点を理解して、それでどうしようかと考える。私はそれらの法がいいとは思っていませんが、それぞれ必然性があるので、まず理解しないといけません。

 私も全く無知でした。復興に関わるに当たって、勉強しました。土地区画整理法も勉強したし、防災集団移転促進特別措置法も勉強した。それだけでは分からないので土地法を読んで、権利の問題が分からないと民法を読んで、憲法を読んで……。1年間、法律の条文ばかり読んでいた年もあります。

復興の仕組みを理解するのに憲法まで読む必要があったのですか。

 日本国憲法に「国民の生命、財産を守る」と書いてある。だから、安全かどうか分からない土地は土地法で言うところの「土地」ではない。その権利調整をする土地区画整理法も使えません。当然、その上に乗っかる建築基準法も使えないのです。

復興計画を進めるうえで、権利の問題が大きかったのですね。

 憲法や民法に、「私の権利」は最大限尊重されなければいけない、と書いてあるけれど、ただし書きに「公共の福祉に反しない限り」とあります。ところが、日本は「私の権利」と「公共の福祉」について全く議論しないで60年間やってきてしまった。その状態のまま進めてしまったのが三陸の復興です。

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