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流動化で人材を育てる

大阪本店設計部 米津グループ
大阪本店設計部 米津グループ
設計第3部門設計1グループ(人物写真:生田 将人)
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30代以下の機動力あるチーム

30代以下を8人集め、事務所や商業、文化・教育施設など幅広くこなす。上写真の野村直毅(のむらなおき)氏は1983年生まれ。2008年京都工芸繊維大学大学院修了 三田村聡(みたむらさとし)氏は1986年生まれ。2011年名古屋大学大学院修了 松岡正明(まつおかまさあき)氏は1987年生まれ。2013年早稲田大学大学院修了 大石幸奈(おおいしゆきな)氏は1992年生まれ。2017年東京大学大学院修了

 同社の設計部は、大きく4つの組織からなる。東日本、名古屋、西日本の3事業部と、国際支店だ。東日本事業部は、東京本店のほか、北海道、東北の両支店を統括する。西日本事業部は、大阪本店と広島、九州の両支店で構成する。なかでも規模の大きい東京と大阪の両本店には、それぞれ約520人、約420人の設計者が所属する。

 基本的な組織構成は両本店とも同じだ。設計部長の下、複数の設計部門が置かれ、さらに各部門内が複数のグループに分かれる。部門数は、東京本店は9、大阪本店は6だ。各部門は、建物のジャンルなどで分類されているが、実際のプロジェクトは必ずしもその枠にとどまらない。

 「特定の分野のスペシャリストも必要だが、特に若手は多くの分野を経験するほうが、より設計力が付く時代になっている」。大阪本店設計部の大平滋彦設計部長はそう話す。そうした認識は、東京本店の濱野設計部長も同じだ。実際、両本店の設計部では、個々の能力などを見極めつつ、部門・グループ間で意図的に人材を流動化させている。

 背景にある大きな要因は、設計者が担う仕事の領域の広がりだ。最近のクライアントは、単に要望を満たす設計ではなく、ビジネスの可能性を広げたり、直面する課題を乗り越えたりできる提案を求めている。

設計者に不可欠な“着陸技術”

 そうした意味で注目されるのが、15年4月に立ち上がった大阪本店設計部の米津グループだ。

 「クライアントのビジネスに応答しないと、説得力のある建築はできない」。大阪本店設計部設計第3部門設計1グループ長の米津正臣氏はそう言い切る。「クラアイントのビジネスに踏み込んで議論を重ね、合意形成していく“着陸”の技術は学校では教わらない」(米津氏)

 米津グループは、これまで「ミウラショールーム」(18年)、「トヨタカローラ新大阪名神茨木店」(同、日経アーキテクチュア19年2月14日号「自動車になじむ丘の建築」参照)などの設計を手掛けてきた。

 ミウラショールームでは、当初、クライアントが検討していた展示を、建築と一体で練り直した。来館者が見学した製品の記憶が、空間の印象とともに残るような建築を提案し、クライアントの共感を得た。

 米津氏の下でミウラショールームを担当した野村直毅氏は、こう語る。「米津さんは“飛距離”という言葉も使っていた。クライアントとの人間関係が円滑なほうが、プロジェクトはより遠くに飛べるという考え方に共感した」。現在、野村氏は米津グループを離れ、別グループの主任を務める。

 米津氏は、「グループ内の担当者とも、これはいったい何だろう? という意外なものが出てくるまで議論する」と言う。代表例の1つがトヨタカローラ新大阪名神茨木店だ。めくれ上がった地面を車が走っているような動的展示を見せる建築は、「形をつくったように見えるだろうが、そこに至るまでの密な議論から生まれた」(米津氏)。

 設計では、議論と検討の末に、複雑化した諸条件を解くため、担当者の三田村聡氏がコンピュテーショナルデザインを学びながら導入し、丘のように盛り上がる屋根を実現した。

自由度高い竹中の「作品主義」

 竹中工務店は歴史的に、設計から施工まで「作品主義」が浸透している。コンピュテーショナルデザインを開拓してきた花岡氏も、その路線上で活動する。「当然、当社の設計が共通して満たすべき厳しい性能や仕様などはある。しかし、それをクリアすれば設計者に高い自由度が与えられている」

 そうした風土の下で、両氏は個性的な建築を発信し続けているが、米津氏はこの先の“作品”に意外な見解も持つ。「本当に新しい建築とは、かっこいいとか、きれいとかではない可能性が高いと思っている」

米津正臣氏
米津正臣氏
よねづ まさおみ:1974年生まれ。99年東京工業大学大学院修士課程修了、竹中工務店入社。2015年4月から大阪本店設計部設計第3部門設計1グループ長。「あべのハルカス」(14年)、「宝ホールディングス歴史記念館」(17年)などの設計を担当(人物写真:生田 将人)