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1990年代に木造設計の下地

 「高知では、設計者同士が失敗を共有するところがある。それが木造のノウハウを広めているのではないか」。木造を設計できる設計者が高知に多い理由をそう見るのは、建築設計群 無垢(むく)取締役の東哲也氏だ〔写真6〕。

東 哲也氏
〔写真6〕早くからCLTを構造体に活用
〔写真6〕早くからCLTを構造体に活用
CLTの壁と屋根を構造体とし、屋根にスリットを入れた「CLT長浜バス停待合所」(17年、高知市)(写真:川辺 明伸)
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CLTの耐力壁を現しで用いた準耐火構造、木造3階建ての商業ビル「ST柳町I」(17年、高知市)(写真:川辺 明伸)
CLTの耐力壁を現しで用いた準耐火構造、木造3階建ての商業ビル「ST柳町I」(17年、高知市)(写真:川辺 明伸)
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「美馬旅館はなれ 木のホテル」(18年、高知県四万十町)(写真:川辺 明伸)
「美馬旅館はなれ 木のホテル」(18年、高知県四万十町)(写真:川辺 明伸)
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 隣でうなずいた横畠氏は、「木造で気を付けるべき点、やってはいけないことが共有されている。生きたテキストに溢れている」と加える。

 木造に関するノウハウを共有する下地は、少なくとも20年以上前から築かれてきたようだ。

 「1990年代に当時の橋本大二郎県知事の旗振りで始まった『木の文化県構想』が大きな契機になった」。当時を知る艸建築工房会長の平山昌信氏はそう話す。現在も続く高知県の木の文化県構想は、公共建築などで地元の木材を使い、豊富な森林資源の循環を目指す取り組みだ。

 同じ頃、地元の設計者が連携し、地域の素材や伝統技術を生かす「土佐派の家」に取り組み始めていた。ほどなくして彼らは木の文化県構想の流れに乗り、中大規模木造へも活躍の舞台を広げていった。代表例の1つ、山本長水氏が設計した「高知県立中芸高等学校格技場」(1995年、高知県田野町)は、日本建築学会賞作品賞を受賞した。

 同じ年にもう1つの木造建築「高知県立土佐清水高等学校格技場」も完成している。その設計を担当したのが東氏だ。大学院を出て、地元の上田建築事務所に就職したばかりだった。「いきなり担当に指名されて、当然、木造のことは全く分からない。様々な資料を調べながら設計したが、最後の肝心なところは地元のベテラン構造設計者にも助言してもらった」