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収入面の安定や大規模プロジェクトに関わり続けられる環境を捨て、独立の道を選ぶ設計者も少なくない。大手設計事務所から、あえて独立という厳しい道を選んだ3人に、その理由と現況を聞いた。

 「いずれは独立しようと考えていた」。大手設計事務所で実務経験を積み、自身の設計事務所を主宰する3人は、こう口をそろえる。

 収入面は大手事務所の方が安定しているし、大規模プロジェクトに取り組みやすいのも、大手事務所だろう。では、なぜ独立か。小規模でも、より自分の興味・関心に沿った、「自分にしかできない仕事」に魅力を感じている。

小さなデベロッパー目指す

ライムデザインの篠元貴之氏。1985年名古屋市生まれ。名城大学を卒業後、米国イリノイ大学大学院シカゴ校を修了。佐藤総合計画を経て、2019年10月に独立した(写真:日経アーキテクチュア)
ライムデザインの篠元貴之氏。1985年名古屋市生まれ。名城大学を卒業後、米国イリノイ大学大学院シカゴ校を修了。佐藤総合計画を経て、2019年10月に独立した(写真:日経アーキテクチュア)
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 篠元貴之氏は佐藤総合計画に約8年間勤務し、2019年10月にライムデザイン(名古屋市)を立ち上げた。出身地の名古屋市に軸足を置きつつ、東京との2拠点で活動を始めた。

 「もともと建築を仕事にしようと考えたのは、地元には面白いと思える建物や空間が少ないと感じていたからだ。プロポーザルから設計・監理まで担当した東京国際展示場南展示棟が19年6月に竣工し、そろそろ地元に貢献したいと考えた」(篠元氏)

 「名古屋貢献」の手段として思い描いているのが、「小さなデベロッパー業」だ。例えば、ナイトタイムエコノミー(夜間経済)を活性化する場所づくり。事業の構想はこうだ。独立するシェフやバーテンダーに篠元氏自身も出資し、店舗のコンセプトや空間を共につくる。運営が軌道に乗ったところでオーナーシップを譲渡し、出資金を回収。それを元手に、別の場所づくりを繰り返していく〔図1〕。

〔図1〕自らも出資する事業構想
〔図1〕自らも出資する事業構想
篠元氏が構想する事業イメージ。カフェやバーなどの事業者と組み、名古屋にはまだ少ないという、夜を楽しめる場所づくりを目指す。こうしたプロジェクトを複数、同時に展開していく構想だ(資料:取材を基に日経アーキテクチュアが作成)
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 独立初年度は、資金調達と賛同者を増やす期間に充てる。並行して、前職のスキルを生かし、大手事務所などの下請け仕事もこなす考えだ。

 「前職の仕事のつくり方は、プロポーザルやコンペで勝ち続けること。個人では、そうはいかない」と、今後の仕事の取り方に不安を感じてはいるものの、「小さなデベロッパー業での感覚やスピード感を生かせれば、大手事務所時代とは違った強度を、設計に盛り込んでいける」と篠元氏。

 同氏は1985年生まれの34歳。3年間を期限に、事業として続けていくかどうかを見極めると決めている。万が一、再就職する道を選ぶにしても、「38歳なら可能性が残せる」と考えているためだ。