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戦後モダニズムの出発点である広島市の2つの名建築がともに2019年、大規模な改修工事を終えた。「当初のデザインを完璧に残す」という“王道”とも言うべき改修手法を振り返ろう。

丹下健三の設計による広島平和記念資料館本館が、免震化を含む大改修を終えた。現状変更の難しい国の重要文化財のため、既存の基礎を残して地下を掘るなど、一般的な補修・補強とは異なる難しさがあった。

 丹下健三(1913~2005年)の出世作である広島平和記念資料館本館が19年10月末、足掛け3年に及ぶ大改修を終えた。工事用の仮囲いが取り払われた本館1階のピロティからは、広島平和記念公園の南北軸線上に並ぶ原爆死没者慰霊碑と原爆ドームを見通すことができる。平和記念公園を象徴する景観の1つだ〔写真12〕。

〔写真1〕免震化を含む大改修が完了
〔写真1〕免震化を含む大改修が完了
2019年10月末に免震化と補修工事を終えた本館を南東から見る。足掛け3年に及ぶ大改修で、免震化や外壁補修、展示の全面更新、バリアフリー化などを実施した(写真:生田 将人)
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〔写真2〕格子のようなピロティ建築
〔写真2〕格子のようなピロティ建築
1955年の開館当時。2階は向こう側の景色が透ける格子のような透明感だった。ピロティ上部の両端に事務室などに使う3階が入る。左側に見えるのは丹下健三がデザインした原爆死没者慰霊碑(写真:大林組)
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 現・本館は当初「陳列館」として建てられ、同じく丹下が設計した旧本館(現・東館に建て替え)とともに1955年8月、開館した。鉄筋コンクリート(RC)造の地上3階建て。1階は公園の一部のようなピロティの外部空間だ。ピロティに立つ20本の柱が、展示室やギャラリーの入る2、3階を支える。東西82m、南北18mという細長いプランの2階は、渡り廊下によって、同じく丹下健三の設計による東館(94年竣工)と国際会議場(89年竣工)につながる〔写真3〕。

〔写真3〕1列に並ぶ3棟の丹下建築
〔写真3〕1列に並ぶ3棟の丹下建築
南東側から見渡す広島平和記念公園。写真中央から左にかけて、渡り廊下でつながった3棟はいずれも丹下健三の設計。手前は東館(1994年竣工)、左奥は国際会議場(89年竣工)(写真:生田 将人)
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 本館は丹下健三を代表するピロティ建築で、戦後モダニズム建築を先導した。その建築的価値に加え、被爆の現実を通じて世界に平和を訴えかける歴史的・文化的な価値が評価され、2006年7月に国の重要文化財に指定された。世界平和記念聖堂とともに、戦後建築では最初の重文指定だ。