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木造の正殿が炎に包まれ、次々と隣接する建物に燃え移る─。消防局の消防活動報告書から火災当時の状況が明らかになった。猛烈な輻射熱(ふくしゃねつ)の影響で消防隊は何度も一時避難を強いられ、消火活動は困難を極めた。

 2019年10月31日未明、沖縄文化の象徴と言われる首里城(那覇市)の正殿を含む中心建物が次々に炎に飲み込まれた。建物は、警備員が火災を確認した午前2時半ごろから約11時間燃え続けた。

 19年2月に正殿東側の御内原(おうちばら)エリアの復元を終えて、30年以上の歳月をかけて進めてきた復元整備に一区切りついた矢先に起きた大規模火災。正殿や北殿、南殿・番所など7棟が全焼、奉神門(ほうしんもん)が半焼した。出火元は正殿北東部の部屋とみられているが、出火原因は特定できていない。

 なぜここまで被害が拡大したのか。首里城指定管理者の美ら島(ちゅらしま)財団への取材や日経アーキテクチュアの情報公開請求に対し那覇市消防局が開示した消防活動報告書から、火災現場の状況や延焼経路が明らかになった〔図1〕。

〔図1〕正殿から周辺建物に次々と延焼
〔図1〕正殿から周辺建物に次々と延焼
火災発生中と前後の動き。消防隊が現場に到着した際には、炎と黒煙が噴き出し、延焼が拡大していた。火災発見から鎮火までに約11時間を要した(資料:那覇市消防局と沖縄美ら島財団の資料を基に日経アーキテクチュアが作成)
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 火災当日の午前2時34分。首里城正殿1階に設置していた防犯用の人感センサーが発報した。防災センターがある奉神門(ほうしんもん)から駆け付けた警備員が正殿北側のシャッターを開けて内部を確認すると、前方が見えないほど煙が充満していた。

 火災を察知した警備員は、消火器を取りに奉神門に戻った。その後、再び正殿へ向かうと正殿正面(西側)から炎が噴出していた。消火器を使用して初期消火を試みるも、消火できなかった。この頃、正殿内に設置していた火災報知器が発報した。