建築の構造部材に使われる鉄や木、鉄筋コンクリートが驚くべき進化を遂げつつある。建設会社や素材メーカー、研究機関がタッグを組んで、開発や適用を進めている。異素材とのかけ合わせや解析技術の駆使によって、古典的な建築材料の可能性が大きく広がりそうだ。
Fe-Mn-Si系耐疲労合金
従来の鋼材の約10倍もの疲労寿命を持つ合金。竹中工務店などが2006年から、制振ダンパー向けに開発してきた。Fe-15Mn-4Si-10Cr-8Niと表記する。マンガンを15%、ケイ素を4%、クロムを10%、ニッケルを8%含む
竹中工務店、NIMS、淡路マテリア
10倍の疲労耐久性を実現
長周期地震動や大地震の連発に備えるには、鋼材ダンパーではなく粘性ダンパーやオイルダンパーを用いることが多い。芯材に変形を集中させる鋼材ダンパーは金属疲労で損傷しやすく、繰り返しの揺れに対応しづらいからだ。一方で、粘性ダンパーなどよりも安価で剛性や耐荷重性能が高いという利点もある。
何とかして金属疲労に強い鋼材ダンパーを開発できないか──。竹中工務店と物質・材料研究機構(NIMS)、淡路マテリア(兵庫県洲本市)が10年以上の月日をかけてものにしたのが、従来の鋼材の約10倍もの疲労耐久性を持つ「Fe-Mn-Si系耐疲労合金」を芯材に用いた制振ダンパーだ〔写真1〕。2019年8月末にオープンした愛知県国際展示場に初適用した〔図1、2〕。
構造設計を担った竹中工務店名古屋支店設計部構造1グループの梅村建次副部長は、「構造設計者にとっては夢のような材料だ」と語る。
形状記憶合金と似ている
なぜ耐疲労合金は、一般的な鋼材の10倍もの疲労寿命を持つのか。
金属に大きな荷重が作用して塑性変形すると、原子の位置が並び変わる。通常の金属だと、逆方向に変形させても原子は元の位置に戻らない。こうして配列の乱れが蓄積すると、亀裂が発生して成長する。これが金属疲労、なかでも低サイクル疲労と呼ばれる現象だ。
ところが耐疲労合金は、逆方向の変形を受けると、原子が最初の変形とほぼ同じ経路をたどって元の位置に戻る。このため従来の鋼材に比べて損傷の蓄積速度が非常に遅い。
合金を設計したNIMS構造材料研究拠点振動制御材料グループの澤口孝宏グループリーダーは、「温度変化で原子が元に戻る形状記憶効果と根本の現象は同じだ」と話す。
実は、耐疲労合金の“デビュー”は2度目だ。竹中工務店は14年、名古屋駅前の超高層ビル「JPタワー名古屋」に適用している。当時は製造技術の制約で大きな部材をつくれず、座屈を防ぐためのリブの溶接も困難だったため、板状の合金を補剛板で挟み込む特殊な「せん断パネル型制振ダンパー」とした〔図3〕。
この形式だと、ダンパー下部に開口部をとれないなど設計上の制約が大きい。そこで3者は、汎用性が高いブレース型ダンパーの実現に向けて改良に取り組んだ。
専用の溶接ワイヤも開発
その1つが製造技術。14年当時は、溶解量が10tと小さい電気炉で金属を溶かして塊にし、スラブ状に鍛造した後に圧延して芯材を製造していた。大量生産が難しく、鍛造時の傷などが影響して歩留まりが落ち、コストが高くつく。
そこで淡路マテリアは、溶融金属を連続的に鋳型に注いで急速冷却しながらスラブをつくる連続鋳造法を採用。あとはスラブを圧延するだけで製造できる。同社の大塚広明・開発グループ部長は「かなり工程を省略できた。1チャージ(1回の溶解量)が60tなので量産もできる」と語る。
もう1つの改良点が溶接技術。耐疲労合金はマンガンを重量比で15%も含むため、大量にヒューム(粉塵)が発生して溶接しづらい。また、一般的な溶接ワイヤを使って鋼材と溶接しようとすると、すぐに割れてしまう問題がある。そこでNIMSは、専用の溶接ワイヤを新たに開発した。
NIMS溶接・接合技術グループの中村照美グループリーダーは、「通常のアーク溶接法で効率を落とさず溶接できるようにした」と説明する。こうして、芯材の端部に接合部用の鋼材を溶接できるようになり、ブレースとして使用できるようになった。
竹中工務店技術研究所建設材料部の櫛部淳道・先端材料グループ長は、「コストは一般的な鋼材ダンパーと粘性ダンパーの中間ぐらい。技術はなるべくオープンにして、他社を含め広く合金を使ってもらい、市場を広げたい」と力を込める。