周辺環境との調和や、競技施設としての使いやすさ、そして安心・安全な性能──。世間や発注者が国立競技場に求める条件は数多く、設計者はそれらに様々な技術を駆使して応えた。
ワザ 1 周辺と調和するデザイン
軽やかな水平の軒庇で圧迫感を抑える
ザハ・ハディド氏の旧案は、コストや工期の試算が膨らんだことに加え、巨大なスケールで、世間の不信を買ったことも中止の1つの引き金となった。日本スポーツ振興センターは2015年9月に提示した業務要求水準書で、基本的な考え方に「周辺環境と調和し、最先端の技術を結集し、我が国の気候・風土・伝統を現代的に表現する」ことを掲げた。
「旧案の中止で茫然自失となったとき、明治神宮に足が向いた。そこで“生命の大樹”というキーワードが思い浮かび、再びチャレンジする闘志が湧いた」。旧案の設計から携わった梓設計アーキテクト部門BASE03の田川伸明主幹はそう語る。
大成建設と梓設計、隈研吾建築都市設計事務所の3社が集まって検討を始めた時、外苑の緑や木をコンセプトの中心に据えることに異論を唱える者はいなかった。より伝わりやすいフレーズとして、“杜(もり)のスタジアム”と名付けたのは隈研吾氏だ。
デザイン検討の過程では、プロポーザルで伊東豊雄氏らが提出したような、外周柱で垂直性を強調した案も挙がったという。
「垂直型と水平型の両方を検討した。だが、太い柱を用いつつ垂直型にすると、周囲への圧迫感が拭えなかった。最終的に4階から上の柱を内側に傾けて、軒庇で水平性を強調する形で決まった」と、大成建設設計本部建築設計第二部の川野久雄部長は説明する〔写真1〕。最上部の大庇はスタンドに風を導くフィンの役割も果たす。
軒庇の先端を5mmまで薄く
国立競技場では、日本の伝統の表現も求められていた。そこでJV3社は、屋根や軒庇に木を多用。日本建築の垂木を思わせるように、軒庇に木のルーバーのユニットを並べた。
特に隈氏は、軒庇の先端を薄く軽やかに見せることにこだわった。雪割りを設け、わずかに下げた金物の先端は、5mmの薄さだ。木のルーバーは約60度の角度を付けて先端より内側に設置し、雨がかからないようにした。モックアップで試行錯誤を重ね、検証に約7カ月を要した。
また軒庇や、最上部の大庇は方角によって印象が異なる〔写真2〕。大庇のルーバーは風向きを考慮し、方角によって密度を変えた。軒庇の長さは、各階の面積に応じて、互い違いに重なるような形状とした。