ワザ 3 安心・安全を担う構造設計
低層部集中制振で巨大地震から守る
「大地震が発生した後も継続利用できるように、国立競技場は建築基準法よりも高い水準で検討するようにした」。そう語るのは、構造設計を担当した大成建設の細澤治顧問だ。
例えば地震荷重については、建基法で定めるレベル2(極めて稀(まれ)に発生する地震)の1.25倍の巨大地震を想定し、部材が弾性範囲内、つまり建物の機能を保持することを目指している。スタンドでは層間変形角を1/125以下まで抑える設計とした。
また、風荷重については竜巻や突風も考慮した。屋根の高さで平均風速49.2m/秒、最大瞬間風速でいえばおよそ80m/秒の風を想定し、検討した。
レジリエントな構造を求める中で、スタンドに採用した技術が「ソフトファーストストーリー制振構造」だった。大成建設ではビルでの実績はあったが、競技場には初導入となる。
地下2階~地上1階を柔らかいフレームとし、オイルダンパーを集中的に配置。地震エネルギーを効率よく吸収させる。一方で、地上2~4階は、斜め梁(レイカー梁)と鉄骨ブレースで剛性を確保する〔写真5、図3〕。
新型ダンパーで免震相当に
国立競技場では、片持ちトラスの屋根に照明やスピーカーなどの設備機器を取り付けている。地震時に水平力が加わった際に、屋根架構が鉛直方向に大きく揺れることを防ぐため、制振構造を採用した。
設計過程では免震も検討したが、地下を掘削して免震層を設けると工期が延び、コストもかかる。中間層免震としても、全周にエキスパンションジョイントが必要で、避難の妨げになる恐れがあり、採用しなかった。
低層部に入れたオイルダンパーは、新たに開発したものだ。高速度で動かしたときに急激に抵抗力を増す「ハードニング」を防ぎ、安定的に制振効果を発揮。1台当たりのエネルギー吸収能力を増やせるという。
「ソフトファーストストーリー制振であれば、柔らかい低層部が免震層のような働きをする。新型オイルダンパーを使うことで免震と同等のエネルギー吸収量を実現でき、免震ほど大きな変形量がない」(細澤顧問)
制振を効かせるのに重要だったのが、スタンド本体と、1層スタンドをエキスパンションジョイントで構造的に分けたことだ。1層スタンドがつながっていると、本体低層部の突っ張りとなり柔らかさを妨げる。
同社設計本部の水谷太朗プリンシパルエンジニアは、「五輪後、1層スタンドに観客席を増設した場合、荷重や耐力が変わってしまう。再設計するのはもったいないので、あらかじめ1層スタンドの縁を切った」と言う。
突破口は若手発案の「むくり」
片持ち屋根も、途中では様々な検討があった。フープリング形式や、斜張形式も候補に挙がった。建物高さを抑える条件や、工期、コストで比較し、片持ち形式に落ち着いた。単フレームで自立するので、屋根工事とスタンド工事を同時施工できる。
地震や風、積雪などの外乱に抵抗するため、屋根の先端と中央の2列にリングトラスを配置して鉛直剛性を均一化した〔図4〕。それでも、円弧部と直線部では吹き上げ荷重に対する屋根先端の変形量が異なる。そのバランスを取るために考案したのが、「むくり」だ。
むくりは高過ぎるとアーチの支持部に荷重がかかるため、長さ約200m、高さ約3.8mとした。それは構造だけでなく、意匠の面でも美しく、隈研吾氏も絶賛のアイデアだった〔写真6〕。大成建設に入社して5年目(設計当時)の若手構造設計者が発案したものだと言う。「国立競技場は、熟練設計者のみならず、大空間建築物に初挑戦の若手設計者などとチームを組んだことも成功の大きな一因だ」と、細澤顧問は語る。