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実際の家づくりで重要なのは、省エネ基準への適否だけではない。温熱環境に心を配る設計者は、何を伝えて建て主の信頼を得ているのか。豊田保之氏は、土壁と日と風の力を利用する設計の考え方をデータで示す。

 2020年3月、アトリエを併設する住宅が、「有松絞り」で知られる名古屋市の伝統的建造物群保存地区に完成した。土壁のリビング・ダイニング・キッチン(LDK)がテラス越しに、庭とつながる。自然素材をふんだんに使い、町家の並びとの調和を意識した「有松再生プロジェクト」だ〔写真13〕。設計は、トヨダヤスシ建築設計事務所(京都市)が手掛けた。

〔写真1〕伝統的な意匠と温熱性能を両立させた土壁の家
〔写真1〕伝統的な意匠と温熱性能を両立させた土壁の家
土壁を用いた住宅のLDK。外壁部分には、厚さ105mmの羊毛断熱材を施した。左手の開口部は、庭の風景を切り取るFIX窓の両側に通風用の窓を配置した(写真:車田 保)
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〔写真2〕深い軒で夏の日射を遮る
〔写真2〕深い軒で夏の日射を遮る
デッキを介して、LDKと一体化する中庭。南西側に面しているため、夏の日射遮蔽を考慮して深い軒を出した。庭とつながる主な開口部には、高断熱の木製サッシを使っている(写真:車田 保)
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〔写真3〕伝建地区の街並みに調和する外観デザイン
〔写真3〕伝建地区の街並みに調和する外観デザイン
アトリエ側の北東外観。伝統的建造物群保存地区(伝建地区)の街並みに合わせた素材とデザインを意識した。アトリエと奥の住宅を分割することで、建物の高さを抑えた(写真:車田 保)
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 土壁にも断熱材を施工。外皮平均熱貫流率(UA値)は0.54W/m2Kで、建築物省エネ法の基準値である0.87W/m2Kを大きく下回る。伝統的な木造家屋のたたずまいと今日求められる省エネ性能を両立させた。

不利な敷地条件で発想転換

 敷地は間口が狭く、奥行きが長い形状で、南北の軸がほぼ45度振れている。そこに、建て主の加藤秀輝氏の妻で、絞り職人である大須賀彩氏(活動名)のアトリエと住宅を、分けて配置した。建物の高さを抑えて街並みと調和させつつ、中庭を通して各部屋に光と風を取り込むためだ。

 長辺に当たる南東側には隣家が近接して立つため、主要な開口部は南西側に設けた。温熱性能上は不利に働く西向きの条件を踏まえつつ、豊田保之氏は次のように考えた。

 LDKの土壁には冬季、南西からの日射が最大になる午後2時半以降に日が当たる。「西日を取り入れて土壁に蓄熱し、夕方以降に室温が上がるようにした」(豊田氏)。一方、夏は南西と西からの強い日差しを遮ることを意識。軒の出を外壁芯から2200mmほど先まで確保した。

 一般に、職人による湿式工法の土壁を家全体に採用すると工期が長くなるので、豊田氏は一部の部屋に土壁を使う。滞在時間が長いLDKだけ寝室は土壁にし、和室など他の部屋は面材の上に左官塗りや和紙張りを施す仕上げにした〔写真46〕。

〔写真4〕ロフトに排熱窓を設けた
〔写真4〕ロフトに排熱窓を設けた
ロフトに続く、住宅2階の子ども室。将来は2部屋に分割できるようにした。ロフトの妻側にそれぞれ窓を設け、夏に暑い空気を排出できるようにしている(写真:車田 保)
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〔写真5〕物干し場から寝室に暖気を送る
〔写真5〕物干し場から寝室に暖気を送る
土壁の寝室
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隣の洗面洗濯室の奥に、トップライト付きの物干し場を配置した。冬はセンサー付きの換気扇を通して、日射で得た熱と洗濯物が発する水蒸気を、物干し場から寝室に送り込む(写真:車田 保)
隣の洗面洗濯室の奥に、トップライト付きの物干し場を配置した。冬はセンサー付きの換気扇を通して、日射で得た熱と洗濯物が発する水蒸気を、物干し場から寝室に送り込む(写真:車田 保)
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〔写真6〕2方向に開口部を設けた和室
〔写真6〕2方向に開口部を設けた和室
LDKから突き出すように配した、下家部分の和室。天井の上には厚さ105mmのフェノールフォーム保温板の上にグラスウールを載せて、断熱性を高めた(写真:車田 保)
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 夜は使わないアトリエは土間床にした。冬の集熱より、夏の風通しと土間の蓄冷を優先する設計だ〔写真7〕。

〔写真7〕夜間は使わないアトリエは蓄冷と通風を重視
〔写真7〕夜間は使わないアトリエは蓄冷と通風を重視
土間床のアトリエ。夜は利用しないので、夏の土間蓄冷と通風を優先した。「住まいも含めて、静かで快適」と、建て主の妻である大須賀彩氏(奥の女性)は語る(写真:車田 保)
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 豊田氏は部位ごとの熱損失バランスにも留意する〔図1〕。今回は開口部が熱損失の約3割を占める。仮に開口部の性能を高めるなら、より断熱性が高いサッシに替えればよい。

〔図1〕住宅部位ごとの熱損失を留意
〔図1〕住宅部位ごとの熱損失を留意
住宅の部位ごとに面積割合(上)と熱損失の割合(下)を計算。各部位の外皮性能と換気方式のバランスを検証した。比較しやすいように、面積割合の図にも熱損失における換気割合を当てはめている(資料:トヨダヤスシ建築設計事務所)
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 ただし計算上、「外皮性能をこれ以上高めると、逆に換気の影響が大きくなる。採用した第3種換気から熱交換型第1種への変更を検討する必要が生じる」(豊田氏)。そこは工事費や建て主の要望を勘案し、第3種で対応できる外皮性能とした。