水害への備えを土木の河川行政に頼ってきた建築・都市分野。気候変動で激甚化する自然災害から市民の生命や財産を守るために、方向転換を余儀なくされている。九州を中心に浸水被害をもたらした「令和2年7月豪雨」は、建築界に重い課題を突き付けた。
熊本県人吉市内から国道219号を西に向かうと、球磨村渡(わたり)地区が見えてきた。鼻を刺すような臭いを感じながら歩くと、JR肥薩線の渡駅周辺には、原形をとどめぬほどに破壊された住宅が目に付く。地区を襲った濁流の凄まじさを物語る〔図1〕。
渡駅を通過し、球磨川と支流の小川の合流地点に差し掛かると、北側にオレンジ色の建物が見えた。豪雨で1階が浸水し、2階への避難が遅れて入居者14人が死亡した特別養護老人ホーム「千寿園」だ〔写真1〕。
記者が千寿園を訪れたのは、被災から1週間以上がたった7月13日。周辺の住宅で片付けが始まっていたのと対照的に、施設は静まり返っていた。外壁には押し寄せた濁流の痕跡が。正面入り口のフェンスには、手押し車がぶら下がったままだ。