全国に先駆けて独自の水害対策を進めてきた滋賀県。2014年に流域治水条例を制定し、県内の水害リスクの高い区域に建築規制を設けた。県が進める流域治水対策とその課題を整理し、今後の街づくりに何が必要かを探る。
街づくりと水害対策の両立を目指して自治体の試行錯誤が始まるなか、先進的に水害対策に取り組んできたのが滋賀県だ。
河川整備が予定通り完了したとしても、想定を上回る大雨が降れば洪水は避けられない──。こう考えた県は河川整備だけに頼らず、土地利用や建築の規制によって流域内の安全性を確保しようと「流域治水基本方針」を2012年に発表した。このとき県が示した流域治水とは、「ながす」「ためる」「そなえる」「とどめる」の4つの対策を総合的に推進しようとするものだ〔図1〕。
さらに同年、県は「地先の安全度マップ」を公表した。このマップは、10年、100年、200年に1回の確率で発生する豪雨による浸水状況のシミュレーション結果をそれぞれ示して、住民に水害リスクを周知するためのツールだ。
基本方針を基に県は14年、水害リスクの高い区域の建築を規制する「流域治水条例」を独自に制定した。建築を規制する区域は、地先の安全度マップに基づき、200年に1回の豪雨で3m以上浸水すると考えられている地域のうち、県が「浸水警戒区域」に指定した区域だ〔図2〕。
県は浸水警戒区域を建築基準法39条で定める「災害危険区域」と位置付けて、指定区域内に住宅や社会福祉施設を新築する場合に、居室の床面の高さを想定浸水深以上とすることなどを義務付けている。浸水警戒区域内での地盤のかさ上げや、耐水化を目的とした既存住宅の建て替え・改築といった対策工事を実施する場合には、県が上限400万円の助成金を出す支援制度も整えた。
まさに、水害対策に取り組む自治体の「お手本」ともいえる施策の数々だが、条例制定から6年がたち、課題も浮き彫りになっている。
住民との合意形成に課題
条例制定後、県は米原市村居田地区の一部と甲賀市信楽町黄瀬地区を浸水警戒区域に指定した。しかし、県が18年度末までの区域指定数の目標として掲げていた50地区には及ばず、20年7月時点でも区域指定はこの2地区にとどまっている。
県の元職員で、流域治水条例の作成に取り組んだ滋賀県立大学の瀧健太郎准教授は、区域指定が思うように進まない要因の1つとして、住民とのリスクコミュニケーションや、指定に向けた合意形成に要する時間の長さを指摘する。「住民からは、河川整備が不十分だから水害リスクが高いのではないか、住み始めた当初はリスクについて説明されていない、といった意見が上がる。行政の責任を問うことから始まり、前向きな議論になるまでに何年もかかってしまう」(瀧准教授)
なるべく早く水害対策を進めたい県にとっては悩ましい問題だ。しかし瀧准教授は、「区域指定にたどり着かなくても、住民と地域の災害リスクについて議論を続けることが重要だ。水害にどう備えるべきか考える素地が培われて、将来的に地域の防災力を高めることにつながる」と語る。
滋賀県のように、河川整備と建築・街づくりを連携させて水害に備える動きは今後、他の自治体に広がっていくだろう。水害対策のメニューとして、「耐水建築」に寄せられる期待も高まるに違いない。
しかし、制度や仕組み、技術を整備しても、すぐさま目に見える成果が出るとは限らない。地域の実情に合わせて、長い時間軸で腰を据えて取り組むことが欠かせない。滋賀県流域治水対策室の森義和室長補佐は、「まずは地域のリスクを知ってもらうことが重要だ。取り組みを継続して、住民と共に地域の防災力の向上に努めていく」と語る。水害に備えた建築・街づくりは始まったばかりだ。