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不快を感じることなく、長い時間過ごせる──。一見、簡単そうに思えるが、断熱等級4レベルではほぼ実現不可能と、前真之・東京大学准教授は言う。「冬暖かく快適な家」の実現に不可欠なキーワードを押さえておこう。

(イラスト:ナカニシミエ)
(イラスト:ナカニシミエ)

 秋の訪れや冬の気配を感じると、また寒い家に我慢しなければならないのかと憂鬱になる。暖房をつけて高温の空気を吹き出しておけば、暖かい家になるのだろうか?

 一口に「冬に家が寒い」といっても、その不満の内容は様々である。図1のリビング・ダイニングに関するアンケート結果だけでも、「床が冷たい」「窓周りから冷気が伝わる」といった寒さそのものの問題から、「暖気が足元に届かない」「暖房をつけると乾燥する」といった不満まで多種多様。キッチンや浴室・トイレなどを含めた住宅全体でみると、「暖房による光熱費が高く感じる」といった不満も多い。「暖かい家」づくりは、これらを残らず解決する必要があるのだ。

〔図1〕「寒さの不満」は多種多様、不快が残ると快適といえず
〔図1〕「寒さの不満」は多種多様、不快が残ると快適といえず
一言で「寒さ」といっても、住む人が感じている不満は幅広いことに要注意(資料:前真之研究室、1980~2000年に新築した戸建て住宅に居住するリフォーム検討者へのウェブアンケートを一部抜粋)
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 まずは、「快適な室内環境」がどのように定義されているか、キーワードと併せて確認しておこう。

その場に居続けられる快適性

 冬に快適というと「暖かい」という形容詞が思い浮かぶが、この表現は、低温環境から高温環境に移動した際の感覚の変化で生じる「快感」に近い。その瞬間は気持ちがよいが、しばらくすると暑さなどで不快に転じてしまい長続きしない。

 温熱環境でいう「快適」は、何も感じない「不感」に近い。快感がたまに食べてこそおいしい「ごちそう」なら、快適は毎日食べても飽きない「白いご飯」といったところだろうか。

 快適な温熱環境とは、不快に感じることがなく、ずっとその場所に居続けることができる、地味だが「上質」な温度環境を表しているのだ。

体全体の熱バランスをみる

 快適な温熱環境について世界で最もよく知られているのが、ISO7730〔図2〕。快適な温熱環境に必要な要素を幅広く網羅している。カテゴリーA~Cの3つの快適レベルが定められており、以下では主に中間レベルのカテゴリーBを取り上げる。

〔図2〕快適な温熱環境の必要条件
〔図2〕快適な温熱環境の必要条件
国際規格ISO7730は快適な温熱環境に必要な要素として「代謝熱量=放熱量のバランス」と「局所不快」の2つを挙げている。併せて、日本の住宅で多い不満や健康問題への対応として、乾燥感や部屋間の温度差の低減などにも配慮が必要だ(資料:前 真之)
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 ISO7730の要求条件は、「体全体の代謝熱量と放熱量のバランスが取れていること」と「局所不快がないこと」の2つに大別される。

 快適な温熱環境においては、まず体全体の熱バランスが取れていることが第一となる。我々の体の中では、摂取した食物エネルギーのほとんどが代謝熱に変わっている。この体内で生じた代謝熱が、快適な皮膚温度・発汗量の範囲で体表面からちょうどよく放熱できる状態、つまり代謝熱量≒放熱量のバランスが取れる状態が、快適であるといえる。

 ISO7730では、1967年に提案されたPMV(予測平均温冷感申告)という複合指標を用いて、この熱バランスを推測する。PMV≒0なら代謝熱量≒放熱量で「快適」、PMV<0なら代謝熱量<放熱量で「寒い」、PMV>0なら代謝熱量>放熱量で「暑い」と判断される。

 併せて、温熱感覚には個人差があるため、PMVではその値に応じて不満者率(PPD)が予想される。一般に予測不満者率が10%以下、-0.5<PMV<+0.5となるよう温熱環境を整えることが推奨されている。