陸上競技場を公園と一体化させる。前例のない提案でプロポーザルの最適候補者となったAS(JVの1社)の2人と、スポーツ建築の専門家として審査に加わった上林功氏に、その提案内容に踏み込んで語り合ってもらった。
2020年7月、長野県主催のプロポーザル2次審査で同提案が勝ち残った。「世界初になる」という評もある固定観念を打ち破るものだ。
青木 今回の案は個人的な経験から出発しています。自分の子どもがサッカーをやっていて、小さい頃からグラウンドに通っていました。たいていそこにはグラウンドしかなく、サッカーだけやって帰ってくるわけです。
ところが、中目黒公園というところには、グラウンドと造園の庭が一緒にあるんです。そうすると運動に来ている子たちや保護者と、植物の管理に関わっているボランティアの人たちが交じり合う。あいさつをしたりしているうちに、試合に興味を持って見に来てくれたり、こちらも苗を買ったりするようになる。
交流を意図してつくられたわけではなく、たまたまの結果です。ですが、とてもいい感じでした。だから前々から、スポーツに来る人たちと違う目的で来る人たちの間に交流が生まれるといいなと思っていました。
今回の場合は、陸上競技場が、そもそも公園の中にあるんです。改築するなら、まずは公園に対して閉じた施設ではなく、公園と共鳴し合う施設になったらと考えました。公園に来た人が、自然に陸上競技に興味を持てるにはどうしたらいいか、と。

上林 公園化という狙いが面白いですね。日本のスタジアムは土木と建築の間で揺れ動き、どっちつかずのまま続いてきた経緯があります。ある意味で不幸だったのは自治体が土木と建築を明確に分けて扱っている結果、公園を整備し、その中にスタンドをどんと置く。別個のものとしてつくる格好になってしまいました。
今回の案は、周りにある公園の空気がスタジアムの中にうまく流れ込んでいると感じます。同化するような風景がプレゼンテーションから伝わってきました。
青木 おっしゃるように我々の提案は建築物である前に、そこでスポーツが行われ、それを観る人たちがいる、という根本的なところまで遡っています。空間はどうつくられればいいのか、土木か建築かという先入観を外して考えてみようとしました。
もちろん、ここで陸上競技をする人たちにとっては高揚感が大切ですから、それを生み出すデザインは必要です。ですが、それは単に囲まれる、という方法に限るわけではない。開かれていても可能な方法があるのではないかと考えたのです。
上林 土木的な操作のランドスケープのような空間であっても、スタンドも屋根もつくらないといけない。そこで造形力を示そうとするのではなく、非常にシンプルにまとめようとされていますね。
青木 なるべくモノとして自己主張せず、大見得を切った形態にせず、演出過多にせず、空間そのものにスポーツ会場としてふさわしい空気をみなぎらせたいと思っています。
品川 新しい提案を目指しながらも、試行錯誤するうちにアテネのパナシナイコスタジアムであるとか、まだ地形や土木の延長にあった頃の競技場を参照するようになりました。青空の下でやる陸上競技の原風景を思い描くなら、その辺りに回帰するのは自然なことのように思ったのです。
青木 海外を見ると閉じていないスタジアムが割と最近ありますね。
品川 閉じながら外側に向けたスペースをつくるという例はありますが、フィールドからスタンド、周辺環境までがつながったスタジアムはなかなか見当たりません。その点、今回のスタジアムは規模が小さく、立地や使い方を考えても踏み込んだ提案ができる可能性がありました。
青木 そこが、今回の挑戦ですね。大会時に、しっかりと区画ができることが前提になりますが、観戦するときの「敷居」をできる限り低くし、公園から競技場までの体験をスムーズに変化させていければと思います。
そうすれば、大会が開催されていないときも、競技場が公園の一部として感じられるようになる。スポーツを介し、いろんなタイプの人が関わる可能性を開きたいと考えていました。