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新型コロナウイルスの感染拡大で、注目を浴びた「換気」。2020年春、国内の感染者数が急増し、まだ情報が錯綜(さくそう)していた時期に、空気調和・衛生工学会と日本建築学会は連名でいち早く会長談話を発表した。国内外に向けた情報発信の旗振り役となったのが、田辺新一氏だ。

(写真:稲垣 純也)
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田辺 新一(たなべ しんいち)
1958年生まれ。82年早稲田大学理工学部建築学科卒業。同大学大学院修了、工学博士。84~86年デンマーク工科大学研究員などを務め、99年早稲田大学理工学部建築学科助教授に就く。2001年から同大学教授。14~16年、建築設備技術者協会会長、15~17年日本建築学会副会長、18~20年空気調和・衛生工学会会長を務める。20年度文部科学大臣表彰科学技術賞を受賞

 「3密」は、2020年の流行語ともなった、新型コロナ関連の言葉だ。政府は3月、チラシを公表。クラスター発生条件の1つに「換気の悪い密閉空間」を挙げ、密閉、密集、密接の「3密」を避けるように促した。

 「これは医学だけでなく建築分野の問題でもある」。当時、空気調和・衛生工学会の会長を務めていた田辺新一氏は、すぐに日本建築学会の竹脇出会長と連絡を取り合った。その頃、ウイルスの微細な飛沫などが空中を漂い感染する“エアロゾル感染”の可能性を、世界保健機関(WHO)はまだ認めていなかった。その状況で、換気に言及してもよいのか? 専門家の間で議論百出した。

 換気に関する書面は3月23日、両学会連名で緊急会長談話として発表した。内容は主に田辺氏がまとめ、感染制御科学を専門とする順天堂大学の堀賢教授にも医学的見解から確認してもらった。田辺氏と堀氏は、08年から感染症対策の共同研究を行うなど旧知の仲だ〔写真1〕。「反響は想像以上だった」と田辺氏は言う。

(写真:早稲田大学田辺新一研究室)
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(写真:早稲田大学田辺新一研究室)
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〔写真1〕早稲田大学と順天堂大学が共同で行った研究の様子。人工的にせきを発生させる機械(せきマシン)から模擬唾液を飛ばして、拡散する飛沫、あるいは飛沫核の挙動を確認した。この他にも、効果の高い防御方法なども検証している

 一方、海外も日本の3密を「3C」と呼んで注目していた。5月、オーストラリアの専門家が発起人となり、世界中にいる36人の研究者や医者などに呼びかけて、WHOに換気やマスク着用の重要性などを訴える公式書簡を提出した。書簡は医学系雑誌にも投稿。田辺氏も名を連ねた。

 WHOがエアロゾル感染を一部認めたのは、7月になってからだ。もしも日本の2学会がWHOの見解を待って情報発信が遅れていたら……。数カ月間で新型コロナの市中感染はさらに広がっていたかもしれない。

2021年以降は「3D」

 感染対策は今後も続くが、他の逼迫した課題も建築に突き付けられている。「21年以降、建築は“3D”の時代に突入する」と田辺氏は話す。3Dとは、decarbonisation(脱炭素)、digitalisation(デジタル化)、decentralization(超分散)の頭文字だ。

 臨時国会が開かれた10月26日、菅義偉首相は所信表明演説で、国内の温暖化ガスの排出量を50年までに実質ゼロとする方針を示した。「その目標が既存建物にも適用されるなら、今建てている建物から取り組まなければ間に合わない」と、田辺氏は警鐘を鳴らす。その視線は既に50年後を捉え、3D時代の建築に向けられている。