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誰でも快適に利用できる公共トイレを設置する。意欲的なプロジェクト「THE TOKYO TOILET(ザ トウキョウ トイレット)」に国内外から反響。推進する日本財団の笹川順平氏は、著名な建築家らに協力要請した。きれいなトイレの提供で、日本の「おもてなし」を体現する。

(写真:北山 宏一)
(写真:北山 宏一)
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笹川 順平(ささかわ じゅんぺい)
1975年生まれ。慶応義塾大学卒業後、三菱商事入社。ODA(政府開発援助)の仕事に従事。2005年ハーバード大学大学院修了。同年マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。17年日本財団常務理事

 東京都渋谷区に2020年夏、突如出現した個性的な公共トイレの数々〔写真1〕。仕掛け人は、日本財団常務理事の笹川順平氏だ〔写真2〕。

〔写真1〕「THE TOKYO TOILET」として、20年に個性的な7つの公共トイレが供用を開始した。上段左から田村奈穂氏、片山正通氏、中段左から安藤忠雄氏、坂茂氏、下段左から坂倉竹之助氏、そしてもう1つ坂氏がそれぞれデザインを担当した。1枚目の白いトイレは、槇文彦氏がデザインしたもの。21年には10の公共トイレが完成する(写真:日本財団、Kozo Takayama、日経アーキテクチュア、永禮 賢)
〔写真1〕「THE TOKYO TOILET」として、20年に個性的な7つの公共トイレが供用を開始した。上段左から田村奈穂氏、片山正通氏、中段左から安藤忠雄氏、坂茂氏、下段左から坂倉竹之助氏、そしてもう1つ坂氏がそれぞれデザインを担当した。1枚目の白いトイレは、槇文彦氏がデザインしたもの。21年には10の公共トイレが完成する(写真:日本財団、Kozo Takayama、日経アーキテクチュア、永禮 賢)
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〔写真2〕20年9月に供用を開始した「神宮通公園トイレ」をデザインした安藤忠雄氏と一緒に、トイレの前で会見に臨んだ(写真:日経アーキテクチュア)
〔写真2〕20年9月に供用を開始した「神宮通公園トイレ」をデザインした安藤忠雄氏と一緒に、トイレの前で会見に臨んだ(写真:日経アーキテクチュア)
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 特に、内部が透けて見えるトイレは世間を驚かせた。8月に供用を開始した2カ所の“透け透けトイレ”をデザインしたのは、建築家の坂茂氏だ。公共トイレの課題だった安全性の確保を最優先し、壁の裏や個室に人が隠れられないトイレを提案した。

 ほぼ同時に、建築家の槇文彦氏がデザインした公共トイレも完成。赤いタコの遊具があることから「タコ公園」と呼ばれる場所に、真っ白な“イカのトイレ”が登場した。

 槇氏のトイレは家のようなたたずまいをしている。木を植えた中庭の周りにトイレを分散配置し、全体に大屋根を架けた。薄く複雑な形の屋根は、造船の技法で製作している。

 1カ月後、今度は建築家の安藤忠雄氏の公共トイレがお目見えした。トイレの前で会見した安藤氏は、「落書きしにくい縦格子の外壁でトイレを囲った」と説明した。

 安藤氏の隣で笑う男性こそ、日本を代表する建築家やデザイナーら16人を巻き込んで、公共トイレ改革に乗り出した笹川氏である。刷新した清掃員のユニホームを自ら着込み、会見に同席する熱の入れようだ。

負のイメージを払拭する執念

 公共トイレといえば、「暗い」「汚い」「臭い」「怖い」といった負のイメージが付きまとっていた。東京五輪を前に、近寄りがたく使われないトイレを変えたいと考えた笹川氏は、建築の力を借りた。使えるつては何でも使い、著名な建築家を口説いて回った。笹川氏のアイデアと熱意に共感した安藤氏らが、「ぜひやろうと言って、積極的に参加してくれた」(笹川氏)。

 笹川氏の役割は、こだわりが強い建築家やデザイナーと、トイレを設計・施工する大和ハウス工業をつなぐことや地域住民への説明といった調整に尽きる。「予算管理を含め、ステークホルダーが多い建築の難しさを思い知らされた」(笹川氏)。何度も関係者と会い、理解を求めたという。

 しかも公共トイレは、完成してからが「本番」だ。いかにきれいに保つか、維持管理が難しい。落書きなどが見つかれば、すぐに修復する。「清潔な状態を保つことで、汚してはいけないという気持ちを植え付けたい」。笹川氏はトイレ利用者の意識改革という難題に立ち向かう。