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アトリエ事務所で修業を積んで独立、会社を早期退職して別の道を選択──。こうした慣例が崩れつつある。キャリアのステップアップに向け、選択肢は広がっている。

大学の教授職は、既に定年が65歳以上に引き上げられており、企業で60歳の定年まで職務を全うしてから教職に就いても、まだ時間は残されている。増田俊哉氏は竹中工務店で設計部長を務めた後、教壇に立った。

増田 俊哉氏
増田 俊哉氏
岡山理科大学工学部建築学科教授、増田俊哉建築設計事務所主宰(写真:日経アーキテクチュア)
注:青字は設計を担当した主なプロジェクト、赤字は資格取得
注:青字は設計を担当した主なプロジェクト、赤字は資格取得
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 竹中工務店の定年まで半年を切った2019年11月、増田俊哉氏は教員を公募している大学の建築学科を探していた。見つけた1つが岡山理科大学だった。大学で教壇に立ちたいと思ったのは気まぐれではない。30代半ばから考え始めた。きっかけは建築雑誌の記者の質問だった。「阪神大震災後、ボランティア活動をやっていますよね?」

 増田氏は業務として震災復興に貢献するのが精いっぱいだった。「ボランティア代わりに、建築のデザイン論などを学生に教えることができないか」。そう考えるようになった。

 大きかったのは、大阪市立大学の教授だった竹原義二氏に請われて、08年から同大学の非常勤講師を務めたこと。竹中工務店で研究を始めた「環境人間学的建築」の一歩として、エコロジーを念頭に設計課題をつくった。「竹原さんは事務所を持ちながら教育にも全力投球。自分もやってみたいと思った」(増田氏)