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エリアのブランド力向上を目指すプロジェクトなど、自身の経歴を通じて意識したのは、建築と社会や都市との関わりだ。今は設計本部長として社会変革に対応する体制整備を進める。原田哲夫氏にキャリアの要諦を聞いた。

原田 哲夫氏
原田 哲夫氏
竹中工務店 設計本部長(写真:日経アーキテクチュア)
注:青字は設計を担当した主なプロジェクト、赤字は資格取得
注:青字は設計を担当した主なプロジェクト、赤字は資格取得
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どのような思いを持って大手建設会社の設計者になったのですか。

 1970年前後、小学生だった私は、阪急電車の梅田駅が日々変わりゆく様子にワクワクした覚えがあります。輸送力増強のためにターミナル駅全体を移設・拡張する工事が進んでいました。その後、そうしたプロジェクトの多くを手掛けているのが竹中工務店だと知り、鉄道や駅と建築が一体となった都市開発に携わりたいと思い、入社を希望しました。

入社当時、キャリアプランのようなものを描いていましたか。

 キャリアプランそのものを特に意識したことはありませんでしたが、一生をかけて探究できるテーマをきちんと持ち、経験を重ねながら、より大きな社会問題の解決に貢献できるようになりたいと考えていました。

 幸運なことに入社してすぐに、梅田地区の大型複合施設で、設計室のメンバーに加わることができました。

 最若手の私は、劇場部分だけを担当していましたが、大型プロジェクトでは日々いろいろな課題に対応しなければなりません。担当エリア以外の問題についても、自分が全体を統括する立場ならどう対応するかを意識しながら思考トレーニングをしていた記憶があります。