「意図的にポイントを絞る」、「トラブル回避のためのノウハウを持つ」──。隈事務所躍進の裏には、完成した建築を見るだけでは分からない強みがある。設立当初を知る横尾実代表をはじめ、長年関係が続くクライアントや構造設計者など7組に聞いた。
[事務所代表]
横尾 実 隈研吾建築都市設計事務所代表取締役
30年で指導方法も変化

隈が東京大学教授に就任した際に、代役のような形で私が事務所代表になりました。私が選ばれたのは、マネジメントと設計実務を担当していたことと、当時の事務所で一番の古株だったという単純な理由です。
事務所の設立から約30年。事務所の規模拡大とともに、所員に対する隈の指導方法も変わっていきました。ずいぶん丸くなった印象です。設立当初は厳しく指導していましたが、今ではポイントを絞って指摘するようになったと感じています。
ただし、それは目が行き届かなくなったという話ではありません。ディテールにこだわりすぎるとコストが高くなってしまいますよね。時にはプロジェクト担当者が計画の一部について、「もっとこうしたい」と固執してしまうこともあります。隈は意図的に「そこはデザインするな。セーブしろ」と言って自重させるのです。
週に1度のレビュー会議
事務所設立当時から今でも変わっていないのは、所員に様々な経験を積ませたいという方針です。「病院チーム」や「スタジアムチーム」といった1つの用途に特化したチームはつくりません。事務所として様々な案件に対応できることを目指したという背景もあります。
とはいえ、所員が増えてお互いの仕事を知る機会が減り、加えてコロナ禍でリモートワークを導入したので、所員から最新プロジェクトの動向を共有できる場がほしいという要望が出ました。
そこで隈が始めたのが、「グローバルミーティング」です〔写真1〕。週に1回程度、指名された所員が担当プロジェクトを他の所員にプレゼンし、毎回隈がレビューします。それにより、隈の考え方や事務所の方向性に対して所員たちの理解を深めることができました。所員同士の団結力も強まったと実感しています。(談)
[初代外国人パートナー]
Javier Villar Ruiz 隈研吾建築都市設計事務所パートナー
建築界の新たな道を切り開いた

今でこそヨーロッパやアジアなど様々な国に隈事務所が設計した建築が建っていますが、私が入所した2004年ごろは、隈事務所が手掛けた海外プロジェクトは展示会やパビリオンなどが中心で、建物は中国・北京の「竹屋」(02年)だけでした。
入所の決め手は、隈のマテリアル(素材)にこだわる、建築への考え方に引かれたからです。最近は素材に注目する建築家も増えましたが、私が知る限り、当時は隈だけでしたね。隈事務所の建築に対する考え方は、世界で見ても建築界の新たな道を切り開いたと感じます。
海外プロジェクトは、内装だけの場合に隈事務所だけで請け負うこともありますが、大半はローカルアーキテクトと進めます。ローカルとの打ち合わせは、設計業務だけでなくプロジェクト発表時の署名など細かな点まで激しく議論します。
隈事務所の特徴は、用途や規模にかかわらず、どんな依頼でも受けることです。私も近年は鶏舎や大学校舎、パビリオンなど様々な施設を担当しました。予算の少ないプロジェクトにも積極的に挑戦し続けています。
海外で仕事をするには、その地域のことをよく理解したスタッフ自ら担当した方が、スムーズに業務が進みます。隈事務所には世界中から所員が集まっているため、どんな依頼にも柔軟に対応できることが強みだと感じています。(談)
[北京オフィス所長]
浅野 浩克 隈研吾建築都市設計事務所パートナー、北京オフィス所長
芸術性と遂行能力が海外で評価

隈事務所がこれだけ海外でプロジェクトを多数手掛けてこられた要因として、トラブルを回避するための事前コミュニケーションや契約交渉時のノウハウが事務所に蓄えられていることがあります。
日本では互いの信頼を基に仕事が進められて、契約書も比較的シンプルかと思います。しかし、私が担当している中国では、契約交渉時に発注者や各関係者から膨大な数の要望や要求を求められます。少しでも気を抜けば、不明瞭な記述を理由に、プロジェクト進行中にトラブルが発生し、設計チームの制作内容にネガティブな影響をきたしたり、大きな損失を招いたりするほどです。
だからこそ、詳細にわたる事前交渉や熾烈(しれつ)なやり取りを経て、プロジェクト全体の流れや約束事を漏れなく書面化する作業を行います。そのため、契約書や作業計画などの作成の他、発注者との交渉・調整を専門にしたチームを組んでいます。
隈事務所はアトリエ設計事務所ですが、特にビジネスの習慣や建設プロジェクトの進め方が大きく異なる海外においては純粋な芸術性だけでなく、プロジェクトの流れを「設計」する事前作業やプロジェクトマネジメントにも重点を置いています。設計チームや発注者をサポートできるような、実務体制を構築できる手腕も含めて、国内外からの評価につながっているのだと思います。(談)