異業種から隈事務所への“ラブコール”が止まらない──。建築のプロジェクトだけでなく、アプリ開発や内装デザイン、日用品のプロダクツ開発など様々な依頼が日々舞い込んでくる。あえて異分野の人材を確保し、所内に専門チームをつくり始めた、その狙いに迫る。
生活雑貨などの企画製造販売を手掛ける老舗「中川政七商店」(奈良市)は6月18日、隈研吾建築都市設計事務所と協働して商品開発するプロジェクト「Kuma to Shika(くまとしか)」を始動したと発表した。
他にも、壁紙国内最大手のサンゲツ、スポーツ用品大手のアシックスがこぞってコラボレーション商品を発表。隈事務所の名前を付けるだけの安易なものではなく、打ち合わせや試作を繰り返して商品化に至る。
様々な異業種との協働が可能なのは、建築設計とは別に、グラフィックなどの専門領域をカバーするチームを事務所内に持っているからだ。CGや模型に関しては、設計者と別に専任採用も行っている。「内部に専門チームを持つことは長年の願いだった」と、隈研吾氏は語る。
CGの専任者は20年以上前から所内にいたが、チーム化したのは2008年ごろ〔図1〕。16年には外部の模型制作者を所員に引き入れてチームを発足した。19年以降は、明確に専門チームを増やす狙いでインテリアなどの分野へ拡張していった。
インテリアなど複数のチーム設立を推進した隈事務所の宮澤一彦パートナーは、「外部に頼める業務をあえて内製化するメリットは、発注者の依頼に建築以外の選択肢も用意できることにある」と位置付ける。
チーム化することで各分野のノウハウを蓄積し、横断的に活用する意図もある。もともと隈事務所は所員が様々な経験を積めるように、担当する建築用途が偏らないようにしてきた。しかし、担当者が変われば得られた知見は事務所に残らない。さらに、プロジェクトの規模が大規模化し、海外のインテリア事務所など他分野との協働も増えたため、専門用語を理解し、隈事務所の提案を的確に伝えられる人材が必要となった。
専門チームの仕事は、建築設計にも刺激を与えつつある。隈事務所を今後成長させるドライブとして期待されるのが、この専門チームなのだ。
最古参にして勢いを増す 挑戦し続けるCGチーム
「専門チームは事務所のR&D部門のようなもの」
- 8人で構成
- 通常の建築パースと並行して、ゲームやVR校舎、ファッションショーなどの新規企画が進行

21年4月にスタートした角川ドワンゴ学園(沖縄県うるま市)のVR校舎「学びの塔」など、斬新なコンテンツを次々と出しているのがCGチームだ。専門チームでは最古参となる。
抱える業務は、建築パースの制作、コンピュテーショナルデザインなどの3DCG制作、ビデオやゲームエンジンなどを使ったコンテンツ制作など多岐にわたる。それらを2つのグループで分担している。3DCG制作などでリーダーを務めるのが、松長知宏設計室長だ。
建築パースの場合、コンペや発注者へのプレゼンテーションを行う1週間前ぐらいにプロジェクトマネジャーから依頼を受けてCGチームが参加する。打ち合わせで見せたい部分を絞り込み、CGのリアリティーを高めていく。竣工後の広告用にCG制作を別途受けるときもある。
インスタレーションにも建築的アプローチを盛り込む。例えば、ミラノデザインウィーク2018で発表したインスタレーション「Breath/ng」は、大気汚染物質を吸着する機能を持つ布を用いた。3DCADで全体の形状をシミュレーションし、カーボンファイバーと、3Dプリントで作ったフレキシブルジョイントで構成した〔写真1〕。
「学びの塔」では、水とらせんをモチーフとした架空のバベルの塔を隈氏がスケッチで描き、3Dモデルでスタディーを繰り返した。滝のように水が滴り落ちる情景は、ゲームエンジン「Unreal Engine」を使用している。
最近はアパレル会社やミュージシャンとのコラボレーションも増え、ファブリックチームなど他分野との連携も生まれている。「専門チームは事務所にとって、建築につながることを探るためのR&D(研究開発)部門のようなもの。面白いことがあれば報告して、といつも隈に言われている」と、松長氏は語る。