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既存ストックの老朽化を背景に高まる建て替え需要。工事の際に直面するのが既存杭の処理だ。撤去するにせよ、再利用するにせよ課題は多い。まずは、引き抜き時のトラブルで訴訟に発展したケースを見ていこう。

 校舎の解体工事で既存杭を引き抜いたことで、自宅と貸家に沈下が生じた──。福岡市中央区にある市立平尾小学校の隣接地に住む夫婦が2021年4月、市と施工者に対して計約9500万円の損害賠償を求める訴えを福岡地方裁判所に起こした。

 問題となったのは、校舎などの解体工事と、その跡地で実施した講堂兼体育館の新築工事。解体工事は橘組(20年に自己破産)、新築工事は昭栄建設・西鉄建設・末永工務店共同企業体(JV)が手掛けた。

 訴状によると原告は、「解体工事の際の既存杭の引き抜き」と「敷地の境界に昭栄建設などが施工した擁壁」の2つが沈下の原因だと主張。工事の影響で自宅が約5cm、貸家が約13cm沈下したとしている。外壁に亀裂が生じたり、汚水が逆流したりするなどの被害もあったという〔写真1〕。施設の発注者である市教育委員会施設課は日経アーキテクチュアの取材に対して「係争中のため工事の詳細などについては回答を差し控える」とした。

〔写真1〕住宅の擁壁に多数の亀裂
〔写真1〕住宅の擁壁に多数の亀裂
写真右側に写っているのが、2019年2月に完成した平尾小学校の講堂兼体育館。左側が原告の住宅(写真:読者提供)
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 21年10月末時点で裁判は終了しておらず、沈下原因も確定していないものの、既存杭の引き抜きに詳しい芝浦工業大学の稲積真哉教授は、「引き抜きによって隣接する建物などが傾く現象は珍しくない」と指摘する。引き抜き後の埋め戻しに問題があり、強度が不足することで、地中にできた軟弱な箇所に向かって周囲の地盤が沈下するケースが典型的だ。

 既存杭の引き抜きで一般的に用いられている「輪投げ工法」で、この種の問題が発生しやすい。

 この工法では、ケーシングで既存杭の周囲を掘削して地盤との縁を切ったうえで、杭の上部にワイヤをかけてクレーンなどで引き抜く。掘削時に地盤に噴射した水が、引き抜いた穴の下部に泥水としてたまるので、充填した埋め戻し材料が均一に混ざらず、軟弱な部分が生じてしまう場合があるのだ〔図1〕。

〔図1〕既存杭の引き抜きに伴う問題
〔図1〕既存杭の引き抜きに伴う問題
輪投げ工法の模式図。右の図は、引き抜きやその後の埋め戻しに伴う問題の例を示した(資料:日本杭抜き協会の資料を基に日経アーキテクチュアが作成)
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 ちなみに、沈下トラブルとは関係ないが、輪投げ工法では杭の「地中残置」も発生しやすい。引き抜く際、杭の下部が折れていれば、そこから下は地中に残ってしまい、その後の土地利用に影響を与えることになる。

 引き抜きに伴うトラブルは、今後ますます増える恐れがある。国土交通省の調査では17年時点で、民間を中心に法人などが所有する非住宅建築物のストックのうち、面積ベースで約半数が築30年以上経過しており、今後これらの建物が更新時期を迎えるからだ。人口の減少に伴い都市のコンパクト化を進めれば、更地に建てるよりも、既存建築物を建て替える場面が増えるとも考えられる。