持続可能なスポーツ施設とは何か。これまで見てきた事例から、3つの条件が浮かび上がる。身の丈に合った規模、他施設との差別化、収益構造の多様化──。“宴”が終わった今こそ、次代の「当たり前」を考えたい。
観客席を4万席から9000席へ減らす──。2021年11月、香港から飛び込んだニュースに多くのスポーツ関係者は驚いた。1952年に竣工し、ラグビーなどの国際的な聖地として知られる香港スタジアムだ〔写真1〕。
背景には、九龍湾を挟んだ逆側で計画が進む5万席の新スタジアムがある。香港政府は競合2施設の位置付けを明確にし、香港スタジアムの大改修を決めたわけだ。陸上トラックや会議場などを追加し、市民が普段使いできる施設に生まれ変わる。
持続可能なスポーツ施設とは何か。減席を決めた香港スタジアムから、ストック時代に見合ったその条件を考えてみたい。
「身の丈施設」への変身
1つは、席数などの規模をニーズや時代にあった「身の丈」とすることだ。日産スタジアム(横浜市)などの大規模スタジアムは、2002年の日韓サッカーワールドカップを契機に建設されたもの。地方都市のスタジアムも国体に合わせて新設した例が多い。いわば“宴”のためにつくったといえる。
しかし、その多くが宴の後、大規模施設がゆえの膨大な維持管理費にさいなまれている。
国内でも「身の丈施設」への転身を図ろうとする動きがある。
「2万5000席まで減らしたい」。鹿島アントラーズの鈴木秀樹取締役が18年にこう話し、話題を呼んだ。4万人を収容する本拠地「カシマサッカースタジアム」を減席する趣旨の発言だった。現在は新スタジアム構想が進み、発言通りには改修されなかったが、複数のJ1チームが減席の検討を続けているとみられる。
J1の平均集客率は新型コロナの流行前の数年で見ても5~6割程度で推移している。「地域の実情に応じた規模の適正化が進むだろう」。スポーツ庁で民間スポーツを担当する城坂知宏・産業連携係長はこうみる。
2つ目の条件は「施設の個性」だ。「どの都市も金太郎飴のように同じような施設ばかり持っている」。スポーツビジネスを手掛ける経営者は現場をこう嘆く。香港スタジアムが類似施設の新設で性格を変えたように、ニーズを踏まえた施設計画が持続可能なスタジアムには必須となる。
フラット八戸 “二毛作”で稼働率上げる は、氷都という地理学上の特性を生かし、全国でも珍しい常設アイスリンク付きアリーナとして企画された。差別化の好例といえる。
個性を出すのは新設時ばかりとは限らない。東京辰巳国際水泳場が東京五輪の後にアイスリンクとして再出発するように、改修で施設を個性化する方法もある。「国立競技場も日産スタジアムなど周囲の施設とすみ分けて計画すべきだ」。スポーツマーケティングが専門の九州産業大学の福田拓哉准教授はこう指摘する。
3つ目は、「収益構造の多様化」だ。入場数の上限が設けられるなど、新型コロナによってスポーツ施設は打撃を受けた。「競技頼み」に大きなリスクがあることが分かった今、それ以外の収益策は欠かせない。
香港スタジアムが市民利用という用途を加えたように、多用途化は世界的なトレンドになっている。建築設計者には、新たな用途にも対応できる柔軟な設計が求められる。
北海道ボールパークFビレッジ 球場の概念覆す“新庄野球”の砦 は球場以外に子どもの遊び場などを設け、長期滞在型施設を目指す。多面的な整備が、街全体にプラスの効果をもたらしている。
経済産業省とスポーツ庁は21年6月、Fビレッジを含む、「スタジアム・アリーナ改革」のモデル11施設を選定。地域活性化に寄与する施設に支援策を講じる予定だ。
規模の適正化と内容の差別化、そして収益構造の多様化。これらはスポーツ施設以外でも建物の持続可能性に重要なファクターとして、今後重要性を増してくるはずだ。宴が終わった今、こうした当たり前の条件を冷静に見つめ直す必要がある。