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これまで1度も交換されなかったカプセルが、初めて建物から解き放たれた。メタボリズム(新陳代謝)の代表といわれる中銀カプセルタワービルが解体中だ。カプセルを巡り、設計事務所が再建に使える設計データを販売するなど、新たな局面を迎えている。

解体が進む中銀カプセルタワービルを敷地西側から眺める。右が13階建てのA棟で、左が11階建てのB棟。撮影した2022年6月下旬、B棟は塔屋が撤去済みだった。敷地東側のヤードに置いたクレーン車がカプセルを1個ずつ吊り下ろす。円窓のついたカプセルが上空をゆっくり移動するさまは、まるで宇宙船の航行を思わせる不思議な光景だった(写真:安川 千秋)
解体が進む中銀カプセルタワービルを敷地西側から眺める。右が13階建てのA棟で、左が11階建てのB棟。撮影した2022年6月下旬、B棟は塔屋が撤去済みだった。敷地東側のヤードに置いたクレーン車がカプセルを1個ずつ吊り下ろす。円窓のついたカプセルが上空をゆっくり移動するさまは、まるで宇宙船の航行を思わせる不思議な光景だった(写真:安川 千秋)
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 白い防音パネルに囲われた中銀カプセルタワービル(東京都中央区)の解体が4月12日、ついに始まった。しばらくして現場を訪れると、クレーンで吊り上げられたカプセルが、パネルの奥から姿を現した。

 建物は1972年に竣工した。設計は黒川紀章(1934~2007年)。特徴的な鉄骨製カプセルは幅2.5m、奥行き4m、高さ2.5mの大きさで、その中に最小限の居住機能が収まっていた〔写真1~3〕。11階建てと13階建てのタワーに取り付けたカプセルユニットは合計140個に上る。

〔写真1〕居住のための最小限空間
〔写真1〕居住のための最小限空間
解体工事中に撮影したカプセル内部の様子。竣工当時は収納机やオープンリール式テープレコーダー、テレビ、ラジオなどが備わっていた(写真:安川 千秋)
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〔写真2〕建築当時の様子に近い内装のカプセルも
〔写真2〕建築当時の様子に近い内装のカプセルも
オリジナルの3点ユニットバスが取り付けられていた。トイレ、洗面台、浴槽が入っている。配管の故障で近年はお湯が出なかった(写真:安川 千秋)
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〔写真3〕解体前に内壁や設備を外す
〔写真3〕解体前に内壁や設備を外す
内壁を取り外し、アスベストの除去作業を終えたカプセルの内部。解体工事を手掛ける東京ビルド(東京都立川市)計画管制課の荒川仁吾課長は「床板を剥がしたら、外壁が取れていたカプセルもあった」と明かす(写真:安川 千秋)
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 世界的に見ても独創的なこの建物は、時代が生んだ作品といえる。

 黒川は1959年、菊竹清訓(1928~2011年)らと組み、社会や人口の変化に合わせて有機的に成長する都市や建築を提案する運動を組織。生命の原理を基に、グループの名称を「メタボリズム」と名付けた。

 黒川はメタボリズム運動の中で、複数の拠点を移動しながら暮らす人物像として「ホモ・モーベンス」を提唱。住まいのあるべき姿は移設や再利用が可能なカプセルだと宣言し、中銀カプセルタワービルを都心のセカンドハウスとして提案した。