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交換できないまま建て替えへ

 構想にとどまったメタボリズム建築が多くあるなか、実際に東京都心に立ち上がった中銀カプセルタワービルは国内外の注目を集めた。しかし時がたつにつれ、黒川の想定とは異なる道を歩み始める。

 交換したくともカプセル自体が一品生産モノであるという矛盾をはらんでいたこと。また、カプセルの間隔が狭くて取り外しにくいことや、カプセルが階段に接する特殊な構造であることなども交換を阻んだ〔図1〕。区分所有の下で維持管理も不十分なまま、静かに老朽化が進行した。

〔図1〕密集したカプセルの配置が交換と維持管理を困難にした
1階平面図 基準階平面図
1階平面図 基準階平面図
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カプセル同士の間隔は狭く、人が入り込んで作業するのは難しい(写真:安川 千秋)
カプセル同士の間隔は狭く、人が入り込んで作業するのは難しい(写真:安川 千秋)
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カプセルの扉を取り外した後の様子。コアとの接合部は老朽化が進んでいる(写真:安川 千秋)
カプセルの扉を取り外した後の様子。コアとの接合部は老朽化が進んでいる(写真:安川 千秋)
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カプセル底面に設置された配管(写真:安川 千秋)
カプセル底面に設置された配管(写真:安川 千秋)
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 2005年、カプセル外壁の屋内側などにアスベストが使われている問題が表面化した。それを理由に、区分所有者らによる管理組合は07年、建物の建て替えを決議した。

 建て替え計画に関わる建設会社が倒産したため、決議は一度、白紙に。区分所有者らは保存と建て替えで立場を二分することになり、月日が経過した〔図2〕。

〔図2〕建物の解体時までカプセルは一度も交換されなかった
〔図2〕建物の解体時までカプセルは一度も交換されなかった
(資料:取材を基に日経アーキテクチュアが作成) A:新橋駅から徒歩圏内。多くの愛好家らが見学に訪れた(写真:日経クロステック) B:黒川紀章自身もカプセルを所有していた(写真:日経アーキテクチュア) C:保存するカプセルはトレーラーで千葉県にある工場へ運ばれた(写真:日経クロステック)
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 事態を大きく動かしたのが、20年の新型コロナウイルス感染拡大だ。所有者の一部がカプセルを手放し始めた。「建て替え推進派が8割の議決権を得てしまえば、何もできなくなる」。中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクトの代表を務める前田達之氏は危機感を抱いた。

 カプセルだけでも残したい──。保存派は建て替え推進派と協議し、解体に際してカプセル25個を保存する約束を交わした。カプセルは補修後、博物館での展示や宿泊施設としての利用が計画されている〔図3〕。

〔図3〕解体工事はカプセルを1個ずつ取り外すなど手間がかかった
〔図3〕解体工事はカプセルを1個ずつ取り外すなど手間がかかった
断面図 ①:上階から解体作業を進めるためにカプセルの周囲に足場を組んでいる。カプセルによる凹凸があるため、足場の組み方も複雑になる(写真:日経クロステック) ②:カプセル外壁の屋内側に使われたアスベストを除去するに当たって、共用部の屋内側を養生した上で減圧している。扉の貼り紙は、アスベストを除去した後に保存を検討しているカプセルであることを示す(写真:日経クロステック) ➂:建物は鉄骨鉄筋コンクリート造で頑丈だ。コア部分では、柱と梁の接合部周辺のコンクリートの一部を事前に除去して小型重機による解体をスムーズにした(写真:安川 千秋)
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