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将来のM&Aに備え脱VPN

 武田が新型コロナの感染拡大を前に脱VPNを進めていた背景には、同社IT部門の深慮遠謀があった。

 同社は2017年、将来のM&A(合併・買収)に備え、ITインフラストラクチャーのあり方について検討を始めた。武田は2005年以降、相次ぐM&Aによって海外事業の拡大を進めてきた。2018年以降もM&Aが加速すると予測されたことから、IT部門もそれに備えようとしたわけだ。

図 武田薬品工業におけるZscaler導入の経緯
図 武田薬品工業におけるZscaler導入の経緯
脱VPNはM&A増加への備え
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 検討する中で浮かび上がったITインフラの課題が「VPNに過度に依存する社内ネットワーク」(タワーズCISO)だった。同社は世界中の様々な場所にある数多くの拠点をVPNで接続していた。そのためM&Aで拠点が増えるたびに、VPNのルーティングなどをを再検討する必要があり、それに膨大な時間を費やしていたのだ。

 そこで同社は2018年に、M&Aに対応しやすいITインフラを実現するには、全社的な脱VPNを推進する必要があると判断した。そこで同年から業務アプリやネットワークセキュリティーのクラウド移行を始めたほか、VPN無しにオンプレミスの業務アプリを利用できる態勢の整備を進めることにした。これによって世界中に散らばる拠点はインターネットにさえ接続すれば、VPNを使って本社につながなくても業務ができるようになる。

 IT部門の予測は的中する。武田にとって過去最大級のM&Aがすぐに起きたからだ。2018年5月に約7兆円もの巨費を投じてアイルランドの同業であるシャイアーを買収すると発表したのだ。シャイアーの買収が2019年1月に完了すると、武田のIT部門は即座にシステム統合プロジェクトを開始した。プロジェクト期間は2年間で、2019年12月までに武田とシャイアーのITインフラを統合する。そして2020年12月までに業務アプリの重複を解消する計画だった。業務アプリの統合が済んだら、業務アプリをVPN無しで社外から使えるよう、ZPAを全社で導入する計画だった。

図 武田薬品工業とシャイアーのシステム統合スケジュール
図 武田薬品工業とシャイアーのシステム統合スケジュール
システム統合作業中の新型コロナ禍、ZPAを前倒し導入
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 実際にはITインフラの統合が済んだ直後の2020年1月に新型コロナの感染拡大が始まり、ZPAの全社導入を前倒しすることになった。M&Aに備えるために進めた脱VPNが、結果として大規模な在宅勤務への移行にも役に立ったわけだ。

 タワーズCISOは「VPNに依存しないネットワークの構築はM&Aだけでなく、武田が進める社外パートナーとの連携を重視した『エクスターナル・パートナー・ドリブン』の企業戦略にも役立つ」と指摘する。脱VPNによって、武田の業務アプリを社外パートナーのユーザーに利用させやすくなるからだ。これまではVPNアカウントを社外のユーザーに与えるのは難しかった。VPNによって社内ネットワークに自由にアクセスできるようになるためだ。それに対してZPAを使えば、業務アプリ単位で社外ユーザーの利用を制御できる。武田にとって脱VPNは様々な観点で価値のある取り組みだったと言えそうだ。