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12時間先までの異常を予測

 「高炉の重大トラブルが起きると、億単位の損害が出ることもある。できる限りなくしたかった」。河村部長はデジタルツインを開発した狙いをこう語る。

 高炉の重大トラブルでも特に損失が甚大なのは「吹き抜け」だ。高炉内部の圧力や温度が何らかの原因で異常に高まり、炉の上部から灼熱(しゃくねつ)の風が吹き上がる事故である。吹き抜けが起きると、高炉の上部にある設備が壊れたり内部の温度が逆に下がったりして、高炉の操業がストップすることもある。

 高炉は適切な温度を維持するために24時間にわたって連続運転するのが基本だ。いったんストップすると、高炉内部に残った原料の除去などで再稼働までに数カ月を要する。莫大な損失が生じるのはそのためだ。

 同社の場合、拠点によっては吹き抜けが年に数件起きていたという。

 従来、ベテランの運転員でも重大トラブルを起こすことがあった。上述したように高温の炉内にはセンサーを取り付けられず、「ベテランであっても状態を正確に推測するのは難しかった」(河村部長)。

 デジタルツインでは、高炉の外部に取り付けた1000個以上のセンサーのデータを使って高炉内部の状態を推定する。外部のセンサーでも圧力、温度、鉄の温度といった様々なデータを取得できるという。大部分のセンサーはデジタルツインの導入前から存在していたものを活用した。

 デジタルツインはセンサーのデータを基に、高炉内部の各箇所の温度や圧力といった状態を24時間にわたってシミュレートし続ける。現在の状態だけでなく、これから炉内の状態がどう変化するかについても予測する。温度であれば12時間先まで、通気については数十分先まで予測可能だという。

 異常の予兆を検知すると、高炉の運転員に通知する。運転員は通知を基に、原料や送風の量などを変更して高炉の内部状態を調整し、トラブル発生を回避する。

図 JFEスチールが独自開発した高炉のデジタルツイン
図 JFEスチールが独自開発した高炉のデジタルツイン
高炉の異常を12時間先まで予測(JFEスチールの資料を基に日経コンピュータ作成)
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 デジタルツインは、社内の研究開発組織「スチール研究所」が独自に開発した。「高炉という特殊なモデルであるため、自社で一から作るしかなかった」(河村部長)。

 開発は一筋縄ではいかなかった。高炉内部を直接観測できないため、モデルの確からしさは高炉から出てくる銑鉄の温度でしか検証できない。そこで観測データからモデルのパラメーターを修正する「データ同化」という手法を使ってモデルの精度を高めた。

 デジタルツインの導入以後、吹き抜けなどの重大なトラブルは大幅に減少したという。さらに、運転員が高炉の状態に応じて原料や送風の量をきめ細かく調整できるようになり、高炉の生産性も向上した。

 現在もデジタルツインの機能強化を続けている。「将来的には、異常の予兆を検知したときのアクションを人手を介さず自動的に行えるようにしたい」と河村部長は話す。