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 官公庁におけるベンダーロックイン問題などに関する調査報告書が、こんな浅い認識では困る――。公正取引委員会が2022年2月8日に公表した「官公庁における情報システム調達に関する実態調査報告書」は、そう断ぜざるを得ない内容だった。

 公取委は府省庁や地方自治体のシステム調達について、ベンダーロックインを回避し多様なITベンダーが参入しやすい環境を整備することが重要との認識の下、官公庁のシステム調達の実態を調査した。その上で、競争政策上の論点や考え方を整理し、独占禁止法上で問題になり得るケースなどを指摘したのが、今回の報告書だ。

 調査では、システム刷新などの際に既存ベンダーと再契約することになった理由として、5割近くの官公庁が「既存ベンダーしか既存システムの機能の詳細を把握することができなかったため」とするなど、ベンダーロックインの現状をあぶり出した。さらに独禁法上問題になる恐れがあるものとして、ITベンダーが不正確な情報の提供により、自社しか対応できない仕様書による入札を実現して他ベンダーの参加を困難にする場合などを例示した。

 このように官公庁のベンダーロックインの問題に正面から斬り込んでいるのは評価できるが、官公庁側の問題に対する認識や分析があまりに浅い。例えば次のように断定する。「官公庁が調達を行う場合、公共物である官公庁の情報システムにおいて、特定の事業者のみが対応できる仕様や他社の入札参加を困難にするような仕様を望むことは通常考えられない」。

既存ベンダー有利の仕様を望む訳

 この認識はおかしい。もちろん、官公庁のIT担当者がITベンダーと癒着するケースは「通常考えられない」。しかし、IT担当者がシステム開発や保守運用をITベンダーに丸投げしている場合、既存ベンダーとの契約更改を望むのが普通だ。IT担当者はシステムの機能などの技術面だけでなく、システムに実装されている利用部門の業務プロセスにも詳しくないからだ。

 詳しいのは保守業務などを担ってきたITベンダーの担当技術者たちだ。ITベンダーの交代は、システムにも利用部門の業務にも精通した技術者がいなくなることを意味する。そうなるとシステム刷新でプロジェクトが破綻したり、日常の業務が回らなくなったりするリスクが生じる。IT担当者は既存ベンダーとの契約継続を望むから、既存ベンダーが有利になる仕様を「望むことは考えられない」とは言えないのだ。

 しかも報告書では、官公庁のIT担当者の問題点としてシステムや技術への理解不足、知見の乏しさを挙げるばかり。利用部門の業務が分からないという問題を認識していないようだ。

 利用部門の業務に対する理解は、システム開発の際に要件定義を実施したり、日々の保守業務を担ったりする中で磨かれる。自ら手掛けていないのなら利用部門の業務が分からないのは当然であり、利用部門の要求に応えるため既存ベンダーに依存せざる得なくなる。この点を見落としているのは、致命的とさえ言える。

 報告書ではベンダーロックインを回避する方策として、システムの疎結合化やAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)連携、オープンソースソフトウエアの活用、データ仕様の標準化などに加え、技術を理解し仕様書に落とし込めるIT担当者の確保などを説く。だが、それだけでは情報公開などに使うWeb系システムならともかく、業務プロセスが組み込まれた基幹系システムでベンダーロックインを解消するのは不可能だ。

 今回の報告書はベンダーロックイン解消に向けた「たたき台」と捉え、議論をさらに深める必要があるだろう。

木村 岳史(きむら・たけし)
木村 岳史(きむら・たけし) 編集委員。1989年日経BP入社。日経ネットビジネス副編集長を経て2010年に日経コンピュータ編集長。13年1月より現職。本誌と日経クロステックにIT業界やIT部門の問題点を斬る辛口論評を執筆中。