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 「人材」を「人財」と言い換える企業は多い。「人を財産として大切にする会社」とアピールしたい気持ちは分からなくもないが、肝心の従業員や求職者の評判は芳しくないのをご存じだろうか。理由は簡単で、単なるきれい事にしか思えないからだ。

 特にIT業界では散々だ。技術者を客先に長期間にわたり常駐させ、長時間労働が常態化しているにもかかわらず何の手を打とうともしない。そんなITベンダーが技術者を人財と呼ぶ。「悪い冗談か、それとも放っておくだけでお金を生むから財産扱いか」などとシニカルに捉える技術者は多い。

 その人財に一見よく似た言葉が最近、がぜん注目を集めている。「人的資本」である。人的資本とは、人が持つ知識やスキルなどを資本と見なし、企業価値を向上するための投資対象とする考え方だ。人を財産として大切にするという意味だけしかない人財と異なり、人の能力などを資本と見なして投資しようというのだから、人的資本は単なるきれい事ではない。

 そもそも、人的資本に注目が集まるようになった直接のきっかけは、政府が企業に対して、人的資本に関する情報を開示させる方向に動き出したからだ。例えば、内閣官房の非財務情報可視化研究会が2022年2月から検討を進めており、夏をめどにリスキリング(学び直し)などの従業員教育やダイバーシティー(多様性)の確保といった開示項目について指針を示す。ゆくゆくは有価証券報告書への記載を義務付ける方向ともいう。

 ただし、政府の動きだけが人的資本に注目が集まる理由ではない。デジタル革命の時代となり、ソフトウエアやデジタルサービスを生み出し、DX(デジタル変革)を推進する人の能力こそが、企業にとって最も重要な資本との認識が広まったからでもある。まさに、従業員のリスキリングに取り組む企業が増えているのと同じ文脈である。

人材はビジネスの「材料」にあらず

 企業の人的資本の開示は、株主や投資家による投資判断やエンゲージメント(経営との対話)の材料にするのが目的で、それを通じて企業に「人への投資」を促すことも狙っている。もちろん企業としても、DXなどを推進するうえで人的資本の状況を「見える化」しておくのは意義あることだ。

 特に、教育訓練費などを開示する意味は大きい。日本企業は欧米企業に比べて従業員の能力開発にお金をかけていない。いわゆるOJT(職場内訓練)として、現場で働きながら習得させるのが基本だったからだ。その結果、各従業員がどれほどの知識やスキルを持っているかを一元的に把握するのも難しいのが実情だった。

 だが、DXを担える人材にするために従業員のリスキリングなどに取り組むのならば、OJTで済ませるのはあり得ない。人的資本への投資と明確に位置付けて、お金を投じるべきなのだ。

 「教育投資」といった言い方をするが、教育訓練費などは会計上では経費にすぎない。ある意味、教育を人的資本への投資として認識できなくする元凶とも言える。だとしたら、教育にかけたお金は資産計上し、一定の期間で減価償却したり、従業員の離職率に合わせて減損処理したりして、人的資本を会計的に見える化することも検討すべきではないか。財務会計では無理でも、管理会計でなら可能なはずだ。

 そう言えば、人財という言葉を使う企業には、人材の意味を誤解している人が数多くいる。以前、ITベンダーの経営者が「人はビジネスの材料ではなくて財産だ」と言うのを聞いたことがある。だが人材の「材」は材料ではなく、能力を意味する。その能力に投資して価値を高める。人財と違い、人的資本はそうであらねばならない。

木村 岳史(きむら・たけし)
木村 岳史(きむら・たけし) 編集委員。1989年日経BP入社。日経ネットビジネス副編集長を経て2010年に日経コンピュータ編集長。13年1月より現職。本誌と日経クロステックにIT業界やIT部門の問題点を斬る辛口論評を執筆中。