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 新型コロナウイルス禍を機に社会はどう変わるのか。企業は何をなすべきか――。今、そんな議論が各方面で巻き起こっている。いわゆる「ウィズコロナ」「アフターコロナ」の議論だ。感染拡大の防止のためテレワークが普及したことなどを根拠に、個々の企業や社会全体でデジタル活用が進むと見る向きは多い。

 もちろん新型コロナ禍が全世界の人々に行動変容を迫っている以上、社会やビジネスはどう変わるか、あるいはどう変わるべきかを考えるのは、とても有意義なことだ。しかし筆者は、この手の議論が新型コロナ禍一色に染まってしまっていることに強い違和感を覚える。大前提がすっぽりと抜け落ちてしまっているからだ。

 大前提とは「今、かつての産業革命に匹敵するような変革をもたらすデジタル革命が進行している」との時代認識だ。おそらく多くの人がこの時代認識に同意してくれると思う。ただし「多分そうなのだろう」と思っている程度のはずだ。だから、新型コロナ禍で社会はどう変わるのか、企業は何をなすべきかを検討する際に、すっかり忘れてしまうのだ。

 あるいは「革命、革命って大げさすぎるのではないか」と冷めた目で見ている人が少なからずいるのかもしれない。確かに「革命」という言葉は多用されている。例えばインターネットが急速に普及し始めた1995年には「インターネット革命」が叫ばれた。2001年に政府が発表したe-Japan戦略では「IT革命」という言葉が使われた。

 そんなわけなので「今度はデジタル革命ですか」と否定的に捉える人が大勢いても不思議ではない。「革命!革命!と騒ぐオオカミ少年たちにはだまされないぞ」というわけだ。

取り返しのつかない格差を取り返せ

 だが「多分そうなのだろう」と思っている人も、否定的に捉えている人もデジタル革命についてもう少し掘り下げて考えてみたほうがよい。そもそもデジタル革命は、一過性の現象ではない。むしろインターネットが普及して以降の世界の急速な変貌全体を指すものとみるべきだろう。つまりインターネット革命も、IT革命も今日に続くデジタル革命の一断面を捉えたものと見なしたほうがよい。

 18世紀半ばの英国に端を発した産業革命は、工業製品を大量に生産し大量に流通させることを可能にして「モノの時代」を出現させた。ビジネスにおいてモノを作り売ることが主役の時代が長く続いてきた。デジタル革命はそれを一変させようとしている。情報やコンテンツ、それに基づく体験などがビジネスの主役となる「コトの時代」を生み出しつつあるのだ。

 デジタル革命と並行して別の大変革も進んでいる。産業革命と以降の社会を支えてきた石炭など化石エネルギーの時代の終えんだ。今、二酸化炭素を大量に排出する化石エネルギーに、太陽光や風力などの再生可能エネルギーが取って代わろうとしている。デジタル革命とエネルギー革命が同期して世界を変えようとしているわけだ。

 新型コロナ禍はこうした変革期のさなかに世界を直撃した。その大前提を考慮していないと「新型コロナ禍がもたらしたニューノーマル(新常態)にいかに対応するか」といった矮小(わいしょう)な議論に陥りかねない。

 新型コロナ禍は間違いなく、デジタル革命とエネルギー革命を加速させるだろう。日本や日本企業はそのどちらからも取り残されている。「現在の遅れが将来取り返しのつかない競争力格差を生み出す」とe-Japan戦略が警鐘を鳴らしたのは20年近くも前のことだ。取り返しのつかない競争力格差をどう取り返すか。新型コロナ禍を機に考えるべきポイントはそこにある。

木村 岳史(きむら・たけし)
木村 岳史(きむら・たけし) 編集委員。1989年日経BP入社。日経ネットビジネス副編集長を経て2010年に日経コンピュータ編集長。13年1月より現職。本誌と日経クロステックにIT業界やIT部門の問題点を斬る辛口論評を執筆中。