シリコンバレーの老舗、米シスコシステムズが戦略転換を急いでいる。日本の製造業と相次ぎ提携して工作機械などのIoT対応を支援するほか、自社サービスの提供方法を販売型から課金型に変える取り組みも進める。得意とする通信関連の技術を最大限に生かし、提携先や導入先のデジタルトランスフォーメーション(DX)に貢献する狙いだ。DXを前提に会社の全てを見直す取り組みは多くの企業に参考になる。
世界中の工場にシスコのネットワーク製品が導入されつつある。工作機械や産業用ロボットといった工場の機器と組み合わせて使う、IPスイッチやエッジサーバーだ。
ただしゴールデンゲートブリッジをかたどったおなじみのロゴマークは見えない。製品は工作機械やロボットの中に組み込まれているからだ。
この黒子戦術こそが、シスコが進める事業構造改革を象徴している。ファナックにヤマザキマザック、オークマ、オムロン――。日本の名だたる工作機械メーカーと提携し、提携先の製品にIoT(インターネット・オブ・シングズ)やネットワークの技術を付加する。工作機械メーカーの製品の価値向上を内側から支え、提携先のデジタルトランスフォーメーション(DX)に貢献する狙いだ。提携先の製品を導入する最終顧客企業のDXにもつなげる。スイッチなどの箱売りからDXを前提に全社戦略をスイッチしたシスコの取り組みを見ていこう。
産業ロボの制御装置に組み込み
協業の代表例は、ファナックの製造業向けシステム製品「FIELD system」だ。工作機械やロボットといった機器、および機器に外付けする制御装置、機器を動かすアプリケーションの開発キットなどから成る。ファナックが2017年に発売した。
シスコ製のスイッチとエッジサーバーは中核の制御装置に組み込んだ。ロボットの稼働データを集めて、シスコと共に協業に参加したPreferred Networks(PFN)のAI(人工知能)技術を使って分析。ロボットの不具合の予兆を検知して、故障が起きる前に保守できるようにする。稼働率の向上にも役立てる。
シスコとファナックは提携に先行して、ロボットの故障を予知するデータ分析ソフト「ZDT(ゼロダウンタイム)」を共同開発。シスコ製のサーバーとともにファナックのロボットの制御装置に組み込み、2016年1月に製品化した。米ゼネラル・モーターズが採用したこともあり、ZDTを組み込んだファナック製品の出荷台数は1万9000台に上った。この成功がPFNなどを巻き込んだ協業に発展した。
シスコは工作機械メーカーとの提携を、この2年でファナック以外にも次々と広げてきた。ヤマザキマザックとは工作機械のセンサーデータを収集・分析する制御装置「MAZAK SMARTBOX」を共同開発した。機器の運用管理サービス「iCONNECT」についても、2019年4月に商用化する予定だ。機械の保守や稼働監視など、ヤマザキマザックの機器を導入した顧客企業の運用管理業務を支援する。
「シスコとの協業は新製品を効率的に開発するうえで優位に働いた」。ヤマザキマザックで工作機械向けのIoTサービスを共同開発した堀部和也執行役員はこう話す。シスコが持つネットワーク技術やセキュリティー技術、多数の機器側でデータを処理するエッジコンピューティングの技術を評価した。ヤマザキマザックが海外売上高比率が8割を超えるグローバル企業であり、北米市場を意識してシスコ米本社と密な共同開発体制を築けたことも協業の利点だったという。
シスコが機械メーカーとの協業を通じて発売したり開発したりした製品・サービスは10件に迫る。協業戦略を統括するシスコ日本法人の鈴木和洋会長は「当初目標を上回るペースだ」と手応えを語る。「製造業から他の産業分野にも協業の輪を広げており、シスコの技術を組み込んだ新製品・サービスをもっと増やしていく」(同)。
シスコはファナックなど日本の製造業との協業モデルを、欧米にも「輸出」し始めている。米ハネウェルや米ロックウェル・インターナショナル、仏シュナイダーエレクトリックなどと協業するに当たり、日本メーカーとの協業をモデルケースにした。
これまでのシスコの協業相手と言えば、同社のネットワーク機器やソフトウエア製品を販売する販売代理店やシステムインテグレーターだった。IoT技術を使って製造業の生産現場を支援する新事業の拡大に伴ってパートナー戦略を転換。機械メーカーなどが製造する製品にネットワークやセキュリティーの技術を提供することを決めた。
ITインフラの機器を間接的に提供する「業者」から、顧客企業が製造する「製品」の競争力にデジタル技術で貢献する、いわば顧客のDXを直接支える存在への進化を狙ったわけだ。この戦略転換が功を奏して、ファナックなど10社近い業界大手との協業が実現。「産業用装置に当社製品を組み込んで売ってもらえる新たな販売モデルを確立できた」(同)。