「牛歩戦術が消えた理由」が突破口
オンラインで国会が開かれれば、出産や育児、介護、病気やけが、感染症対策など様々な理由で物理的に国会まで足を運べない国会議員が参政権を行使しやすくなる。与野党の若手議員はほぼ一致して審議のオンライン化などITの活用を求めており、「与野党とも若手議員が先輩議員に(オンライン国会を)提案している」(中谷議員)。
だが中谷議員は「必ずしも(実現に向けて)動いている環境ではない」と続ける。
この背景について、厚生労働省の元キャリア官僚で『ブラック霞が関』(新潮新書)の著者でもある千正康裕氏は次のように指摘する。「どの組織でも仕事のやり方やコミュニケーションの仕方は目上の人に合わせる。年功序列で縦社会が厳しい組織ほど変えにくい」。
永田町は極めて厳しい縦社会である。重鎮議員が若手議員の選挙公認の権限も持つためだ。永田町の縦社会は「霞が関の役所の局長と若手の官僚の間にあるそれよりも強い」(千正氏)。国会には与野党ともに重鎮議員が蓄積してきた、いわば永田町のルールが存在する。
複数の国会関係者は、衆議院と参議院それぞれにある常任委員会の議院運営委員会(議運)で、与野党が協議してルールを変える必要があると指摘する。議運は各党の重鎮となる議員で構成され、国会に提出された法案審議を他の各委員会に振り分ける役割を担っている。これを受けて各委員会の理事会が前日夕方までに委員会の開催日時を決めている。
どうすればルールを変え、オンライン国会を開催できるようになるのか。鍵を握るのは世論だ。かつて国会での採決を長引かせるための議会戦術として「牛歩戦術」があった。だが「『今の時代の意思表明のやり方としては違うのではないか』という世論があって、なくなった」(牧島議員)。
これと同様に、国会のオンライン化も世論によって変わる可能性はある。むしろデジタル技術に即した新しい「デジタル政治闘争」の姿を作り出す必要があるわけだ。
霞が関の働き方改革も不可欠
国会のオンライン化が実現すれば、霞が関の官僚の働き方も大きく変わる可能性がある。既に自民党や立憲民主党の会議では、議員の前にタブレットが置かれてペーパーレスで資料を見るようになった。若手官僚が夜中に何百部もの紙の資料のコピーを準備するといった無駄はなくなりつつある。
しかし千正氏は「タブレットやITシステムを導入しただけでは変えられない、根深い問題が霞が関には横たわる」と指摘する。その問題とは、業務改善をしていないため、デジタルを生かし切れていないことである。
例えば現在、各省庁はTeamsや米スラック・テクノロジーズの「Slack」といったビジネスチャットの導入に取り組んでいるが、省庁間のデジタルコミュニケーションはメールのままだ。厚労省の例では、内閣府から厚労省に作業依頼がメールで来ると、厚労省内で連絡調整を取りまとめる部署が一旦受け取り、その内容を精査して担当部署にメールを転送しているという。
業務改善できない背景について、千正氏は「寝ているとき以外はほとんど仕事しているくらい、官僚は日々の業務に追われている」と話す。「デジタルツールをどう使うと役所の仕事がどう効率化できるのか、(現場の官僚以外の)誰かが考える必要がある」(千正氏)と指摘する。
その実現のためには、各省庁の業務フローに詳しい人材と、システムに詳しい人材の協力が欠かせない。様々な利害関係者と調整しながら法律案や政策をつくるという、霞が関独特の業務プロセスをデジタル化する作業が求められるからだ。
千正氏は政府が2021年9月に発足させるデジタル庁(仮)が、まず霞が関の働き方や業務プロセス・業務フローを変える後押しをする必要があるとする。若手議員が世論を動かし、並行してデジタル庁が霞が関の働き方を変えなければ、政府全体のデジタル変革までの道のりはまだ長そうだ。