日本航空(JAL)がデジタル技術を使ったイノベーションを急いでいる。専門部署を立ち上げてグループ全体から若手を集め、3カ月でプロトタイプを矢継ぎ早に生み出した。専用のラボも新設し、パートナー企業は130社を超えている。将来に向けJALが広げるデジタルイノベーションの翼、その全容を追った。
「ターミナルの中央にあるマーケットプレイスでは東京土産をいろいろ選べます。お薦めは……」「実は羽田空港で北海道のお土産を買えるお店があるんです!場所は……」。
2019年4月下旬の羽田空港第1ターミナル。通りがかった搭乗客から空港で買える土産物を尋ねられ、手ぶりで方角を示しながらスラスラと答えるのはJALの地上スタッフにあらず。丸っこい外観にくりくりとした目が特徴の案内用ロボット「JETくん」だ。2020年以降に国内外の主要空港への本格導入を目指し、実証実験を進めている。
広告会社インディ・アソシエイツの遠隔操作ロボット「CAIBA」をJAL向けにカスタマイズした。存在感をアピールできるようにオリジナルよりサイズを一回り大きくし、幼児の背の高さとほぼ同じにしている。
操作するのは別室にいるJALの空港スタッフだ。VR(仮想現実)ゴーグルを装着したスタッフの向きに合わせて、JETくんが回転したり目を動かしたりする。スタッフがコントローラーを持つ左右の手を上げ下げするとJETくんの手も上下する。
JETくんはボイスチェンジャー機能も備えており、スタッフの話し声が男児を模したトーンの高い声に変換されてJETくんのスピーカーから出てくる。あどけない見た目や声と裏腹に、子供との何気ない会話から的確な空港施設の案内までそつなくこなせるのは、熟練の空港スタッフが「中の人」を務めているからこそだ。
「すごい!会話がスムーズね」。通りがかりに対話した一般客を驚かせたJETくん。仕掛けたのは平松佐知子デジタルイノベーション推進部アシスタントマネジャーだ。同部は次世代のサービス開発に向けてJALが2017年に新設した部署である。
「見た目のかわいらしさとボイスチェンジャー機能、そして空港スタッフが簡単に使いこなせるシンプルな操作体系を評価してCAIBAを選んだ」(平松アシスタントマネジャー)。狙い通り、取材当日は子供たちからお年寄りまで数多くの搭乗客に対応していた。
平松アシスタントマネジャーがJETくんのプロジェクトを立ち上げたのは、出産や育児で空港業務の最前線を離れるスタッフが復職後に活躍できる場を作りたいとの思いからだった。羽田や成田の空港ターミナル内の業務を担当するグループ会社であるJALスカイは3000人弱の社員を抱える。大半がチェックインカウンターや搭乗口などの業務を担う空港スタッフだ。女性の多い職場だけに、産休や育休を取るスタッフも常に一定数いる。
そうした年代のスタッフは現場業務のノウハウを積み、案内に必要な知識やコミュニケーションスキルを含め、働き盛りの年代でもあるケースが多い。JETくんのような仕組みを使うことで、復職後に在宅勤務であっても最前線の現場で活躍できる。海外の現地スタッフにVRゴーグルを使ってもらえば、国内のあらゆる空港で訪日外国人に母国語で接客することも可能だ。