新型コロナウイルスの感染拡大防止にITは有効な武器になる。しかし対策の矢面に立っていた行政の現場は紙の書類やFAXの利用が常態化しており、対応に混乱も見られた。そこから見えてきたのは「データの利用ルールが伝わっていない」「データの定義が不統一」「政府が失敗した実装」という3つの克服すべき問題だ。保健所や区役所の苦闘に迫る。
「役所に入って30年ほどたつが、次々に改善できる今の現場は一番面白い」。東京都港区の情報システム部門である情報政策課で個人情報保護を担当する日野麻美係長はこう話す。
日野係長は2020年4月20日、同区のみなと保健所との兼務辞令を受けた。港区役所が保健所への支援を呼び掛け、日野係長がそれに応じたものだ。東京都知事が緊急会見を開いて外出自粛を求めたのは3月25日。その約2週間後の4月7日、政府は「新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言」を出した。その時点でみなと保健所が管轄する医療機関が報告した新型コロナウイルス感染者数は累計で100人を超えていた。日野係長は自ら手を挙げて新型コロナ感染者に対する療養費などの支給事務に従事するため、他の職員とともに保健所の支援に加わった。
克服1:データの利用ルールが伝わらず
みなと保健所、FAXの現場を改善
日野係長が保健所に赴いて目の当たりにしたのは驚きの光景だった。職員が電話や手書き書類、FAXと格闘するアナログな事務作業に忙殺されていたのだ。感染症法は医師が患者を新型コロナの感染者だと診断すると直ちに「新型コロナウイルス感染者発生届(コロナ発生届)」を書いて管轄である最寄りの保健所に届け出るよう義務付けている。そうしたコロナ発生届のほとんどはFAXで届く。
ところが医師が走り書きしたコロナ発生届は判読が難しい手書き文字で埋められていた。保健所の事務員は次々とFAXで寄せられるコロナ発生届から何とか感染者の氏名などを読み取り、それが正しいかどうか医療機関に電話をかけて確認する作業に追われていた。しかも医療機関が感染者から聞き取った住所の半分は間違っていた。住所が不正確だったり、他の自治体に住民登録をしていたりする例が少なくなかった。感染者が保健所の勧告で入院した場合は公費で医療費を負担する。そのため感染者の住所などを正確に把握できなければ保健所の事務は滞る。