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日本のスーパーコンピューター「富岳」が性能ランキング4冠を達成した。前世代機の商用化につまずいた反省が出発点だ。ただ、本当の試練はこれからだ。本番運用後の実績作りに加え、世界で激化する開発競争が待ち受ける。富岳の開発の軌跡をたどり、実力を検証する。

 「2位じゃだめなんですか」──。日本中に知れ渡ったフレーズを生み出した政府の事業仕分けからおよそ10年。理化学研究所と富士通が共同開発したスーパーコンピューター「富岳(ふがく)」が2020年6月、世界ランキング4冠を獲得した。最も代表的なランキング「TOP500」で日本勢が1位を獲得するのは前世代のスパコン「京(けい)」の獲得以来8年半ぶりで、他の3部門を含めた同時4冠達成は世界初だ。

図 「京」と「富岳」に関する主な動き
図 「京」と「富岳」に関する主な動き
延期や変更を経て稼働へ(写真:菅野 勝男(富岳)、Getty Images(背景))
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 ただ、開発をけん引した理化学研究所の松岡聡計算科学研究センター長は「結果として2位に終わっても、それはそれで仕方がないというのがプロジェクトのスタンスだった」とする。偉業の一方で、富岳の開発は京の蹉跌(さてつ)と反省からスタートしていた。

「京」の産業利用が広がらず

 1年前の2019年8月、京は役割を終えてシャットダウンした。2012年9月に共用を開始し、約7年間の利用者は延べ1万1000人だった。

 京はスパコン性能ランキングで好成績を収めた。最も代表的なランキングであるTOP500では2011年6月と11月に1位を獲得した。ビッグデータ処理(大規模グラフ解析)に関する性能を測る「Graph500」では、2015年7月からシャットダウン直前の2019年6月まで9期連続で1位を獲得した。

 一方で京には大きな反省点があった。利用の裾野が思うように広がらなかったのだ。理研をはじめとする関係者は、京に採用した命令セットアーキテクチャーに原因ありとみている。命令セットアーキテクチャーはプログラムがプロセッサーを動かす仕様(インターフェース)で、異なるアーキテクチャーに基づくプログラムを使うには移植作業が必要だ。

 理研は京に「SPARC」の命令セットアーキテクチャーを採用した。一方、産業界の科学技術アプリケーションは「x86」に基づくものが主流。結果として、京の産業利用は伸びなかった。スパコン利用推進を目指す一般社団法人「HPCI(High Performance Computing Infrastructure)コンソーシアム」の報告書によれば、京の一般利用枠の研究課題で利用されたアプリケーション44種類のうち商用アプリケーションは7種類と約2割にすぎず、「数は多くなかった」(同報告書)。

「巨艦巨砲主義」と酷評

 京の関連ハードウエア技術の普及も「期待通りではなかった」(同報告書)。富士通が京を基に開発した市販向けの派生機「PRIMEHPC FX10」などの普及は限定的だったという。SPARCのエコシステムの広がりが限定的で「(企業の研究所などに)裾野広く売れるところまでいかなかった」(富士通プラットフォーム開発本部の清水俊幸プリンシパルエンジニア)。

 京の開発が2009年11月の事業仕分けで事実上凍結された理由も、裾野の広がりが限られた点にある。事業仕分けに参加した蓮舫参議院議員の「2位じゃだめなんですか」発言が大きく注目を浴びたが、スパコンの専門家を含む仕分け人が批判したのはハード性能を追求して利活用を軽視する京の開発方針だった。

 「10ペタスパコン開発が自己目的化している」「巨艦巨砲主義」。京の開発プロジェクトは酷評された。行政刷新会議は翌年度の開発予算計上を「見送りに限りなく近い縮減」と、事実上凍結と決めた。同会議に対する世論の批判を受けて開発予算は最終的に計上されたものの、利用者視点の欠如は京開発半ばからの課題だった。