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NTTの澤田純社長の新著『パラコンシステント・ワールド』は難しいが面白い。データとAIで何でもできるとする“デジタル一本やり”を批判しているからだ。IT関連の仕事をする人が「ITでできないこと」を考えるきっかけになる。

 2022年を迎え、今年あるいは2022年度、どうしていくかを考えている人は多いだろう。前号本欄で「どのような仕事にせよ、取り組む姿勢や態度が何よりも重要である。先人が残した文章を参考にしつつ、ITや情報システムの仕事をする際の心得について考えてみたい」と書いたが今回は2021年12月に発行された書籍を題材にする。

面白くなさそうだが実は面白い本

 書名は『パラコンシステント・ワールド 次世代通信IOWNと描く、生命とITの<あいだ>』、著者は澤田純氏(NTT代表取締役社長)、発行元はNTT出版である。天下のNTTの社長が、戦略として力を入れているIOWN(光技術を中心とした超高速大容量通信ネットワーク基盤)についての本を子会社から出した。失礼ながらつまらない本だろうと当初思ったが知人から勧められたので通読したところ驚くほど面白かった。

 まず驚かされるのは「森羅万象をあまねく観察記述し、すべてをロジック化することは現在の科学技術の粋を集めても不可能」「シンギュラリティはやって来ない」などと、データ利用やAI(人工知能)、ロジックやアルゴリズムなど、いわゆる「デジタル」と総称される取り組みの限界をはっきり指摘していることだ。その通りと思うが土木工学専攻の理系経営者で技術の会社の社長がこう言い切るのは珍しい。

 立場上、公言できないだろうが政府が打ち出した「構造改革のためのデジタル原則(案)」の筆頭にある「デジタル完結・自動化原則」に澤田社長はおそらく賛成しないはずだ。もちろんデジタルを全否定しているわけではなく「デジタルで『できること』と『できないこと』の『あいだ』を考えていくことが非常に大切」という主張である。

 さらに驚くこととして澤田社長の関心の広さがある。本書の大半は識者との対話になっており福岡伸一(生物学者)、山極壽一(人類学者)、出口康夫(哲学者)、坂村健(コンピュータ・アーキテクト)、伊藤亜紗(美学者)、渡邉淳司(NTTコミュニケーション科学基礎研究所)が登場する(敬称略、肩書は本書の記載通り)。いずれの対話も新しい社会のあり方とそれを支える哲学ないし思想についてである。

 IOWNは今後の社会の基盤を目指す。その社会像を明らかにするためには「ありとあらゆる分野の知恵が必要であり、ともに考え、対話を通じて議論を深めていかなければならない」と澤田社長は述べている。もっともそれぞれの識者は自分の専門分野から社会のあり方を語っておりITやIOWNの話はほとんど出てこない。

 専門が異なる識者たちとの対話には一貫した主題があり、それが書名にある「パラコンシステント・ワールド」である。パラコンシステントとは哲学で使われ、矛盾を許容するという意味だという。「個を重んじつつ、社会を維持していくためのガバナンス」の仕組みを実現する、といったように対立しがちな2点を両立させる姿勢を澤田社長はパラコンシステントと呼ぶ。

 つまり個と社会、自然界と技術文明、グローバルとローカル、デジタルとアナログ、これらを対立させず、矛盾したまま許容できるのがパラコンシステントな世界となる。副題に「生命とITの<あいだ>」とあるように、対立する2点の「あいだ」をどう考えていくのかという対話が繰り広げられる。対話の題名を紹介すると「生命とITの<あいだ>」「グローバルとローカルの<あいだ>」「技術と思想の<あいだ>」「身体とITの<あいだ>」となっている。

 対話に登場する識者たちは「あいだ」に関する自分の考えをそれぞれの専門用語(片仮名表記が多い)を使って語っているため内容はかなり難しい。識者の著書や論文を読まないと真意がくみ取れない発言もあった。