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「Virtual」とは「現実そのもの」という意味である。ソフト(論理)によりハード(物理)の制約を超えることを指す。経営者と専門家は「Virtual」な事業を共に考える必要がある。

 しばしば使われるものの、日本語に訳しにくい言葉がある。例えば「プロジェクト」「プログラム」「アーキテクチャー」「マネジメント」「システム」「ソフトウエア」などだ。訳しにくいため片仮名のまま使われる。その一方、訳してみたものの言葉が持つ本質がかえって分かりにくくなった場合もある。

 「現実そのものの」「実質的な」という意味を持つ「Virtual(バーチャル)」がそうである。重要語だが「仮想」と訳されることが多く、どうもぴんと来ない。国語辞典で「仮想」を引くと「仮に考えること」「仮に想定すること」と出ているがバーチャルが冠された何かは仮のものや想像上の何かではない。

 頻出した例だが米ウーバーテクノロジーズは配車アプリケーションの提供者であると同時にバーチャルなタクシー会社でもある。車両や運転手を保有していなくても配車アプリを使えば実際にタクシーが来るので「仮に想定」したタクシー会社ではない。

ソフトでハードの制約を超える

 ICT(情報通信技術)の世界におけるバーチャルを、ソフトウエアによってハードウエアの制約を超えることだと定義してもよい。ICTに関係する言葉として「バーチャルメモリー」があった。ソフトによって論理上ではあるが実際のメモリーとして使える仕組みを実現し、物理的なメモリーの制約を超えることができた。ウーバーもソフト(配車アプリ)によってハード(車両)の制約を超えたとみなせる。

 バーチャルにこだわるのはICT(情報通信技術)が社会や事業に与える影響や変化を凝縮した言葉だととらえているからだ。日経BP総研が2019年12月末に発行した報告書『メガトレンド2020-2029 ICT融合新産業編』における重要語はバーチャルであった(仮想化という言葉も使っている)。同書でICTがもたらす新たな社会基盤により産業群がどう変化するかを展望しており、その論旨について前々号と前号の本欄で次のように紹介した。

 「情報に駆動され、物事が変わっていく。情報はバーチャル(現実そのもの)でリアル(現実)の制約がない。情報を媒介とすることで顧客や市場のニーズに即した臨機応変な協業や事業創出が可能になる」

 「仮想化によって時間と距離と空間を超越できる。実際には同じ現場にいない人がネットワークを通じ、距離と空間を越え、あたかも目の前にいるように振る舞える。リアルタイム、リアルプレイスで処理や活動ができるが、その場に(リアルに)いるわけではない。目の前の世界を共有する先には、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)によって目の前に異なる世界を映し出す技術がある。目の前にない世界を体験できるがそれは仮ではなく、現実そのものになる」

 こうして現実にすでに存在する既存産業がバーチャルな産業へ変わっていく。例えば自動車メーカーが配車サービスや車両の共有サービスを始めたとする。ものづくりという「産業支援」を担っていた自動車メーカーが顧客の「体験支援」を担う産業へと進化していくことになる。自動車メーカーとして引き続き車を作る一方、利用者に移動体験を提供するバーチャルなサービス会社を兼ねるわけだ。

 こうした変化が「ICT融合新産業」を生み出すと報告書で述べ、既存産業ごとに考え得る変化やその先取りとなる事例を列挙した。ただし特に新しい考えというわけではない。

 例えば米ガートナーは「デジタルビジネス」を「物理の世界と仮想の世界が混然一体となることで創造される新しいビジネスデザイン」と定義している。またサイバー空間のシステムと物理空間のシステムとの間で情報をやり取りさせる「サイバーフィジカルシステム(CPS)」という構想もある。どちらもバーチャルな世界(サイバー空間)を使って、物理世界の制約を超え、両方の世界を合わせて新たな価値を創出する取り組みである。