PR

事業の変化に応じて業務ソフトを素早く修正する方法がある。業務知識をソフトから分離し、再利用することだ。整備に時間はかかるが段階的に進めよう。

 前号に続き、ビジネスアジリティマニフェストを紹介する。原文と日本語訳はBusiness Agility Manifestoというサイトに公開されている。

 ビジネスアジリティは経営、事業、業務の俊敏性を意味する。環境の変化に応じてビジネスを変えるとき、情報システム(業務ソフトウエア)も修正しなければならない。そのための原則をマニフェストは箇条書きにしている。原則を引用しつつ、どうすればビジネスアジリティを実現できるのか、順を追って見ていこう。

  • 絶え間なく続く変化は避けられないが、既存のバリューチェーンが不要なリスクにさらされないように変革しなければならない(原則I-3)

 バリューチェーンは価値を生む業務の連鎖であり、そこにビジネス知識(業務知識)や情報(とそれを提供するシステム)が使われる。バリューチェーンを変える際、リスクになりかねないのが情報システムの修正である。

  • アジャイルなビジネスソリューションの正しい評価基準は、ビジネス知識がどれだけその中に構成されているか、そしてその知識をどれだけ容易に変更または再構成できるかということである(II-2)

 ビジネスソリューションは業務とそれを支える情報システムを指す。いわゆるアジャイル開発をして新たなソリューションを素早く用意できたとしても、しかるべきビジネス知識が入っていなかったり、修正しにくいソフトになっていたりしたら、評価できない。

 この原則は既存の情報システムにも当てはまる。ビジネス知識が反映され、しかも変更しやすいソフトになっていないと、バリューチェーン変更時のリスクになってしまう。

  • ビジネス知識を正しく効果的にコミュニケーションするためには、理解が正しく共有されなくてはいけない。その理解は、知識を保持し、再利用を可能にするコンセプトモデルによって適切に管理されなければならない(V-3)

 SE(システムズエンジニア)はテクノロジーのスキルだけではなく業務知識も備えるべきだと言われてきたが、SEのスキルに頼っていても限界がある。「コンセプトモデル(標準用語とビジネス定義によって表されるビジネスコンセプトの集まりおよびそれらの論理的な関連)」のような枠組みを共有したうえで、そこに知識を蓄積し、再利用していく必要がある。

  • テクノロジーは移りゆく。しかし、ビジネス知識は永続する(X-4)

 ここでいう移りゆくテクノロジーとは、ハードやソフト、開発言語を含むソフト開発手法などである。これに対し、ビジネスの内容が様変わりしない限り、ビジネス知識は長持ちする。例えばビジネスで使う物と事を表現したデータモデル、業務上の判断を下すためのディシジョンモデルやビジネスルールなどである。

  • ビジネス知識は自動化されたシステム、マニュアルでの使用に関係なく、すべてのビジネスルールを網羅する。そうすれば関連するあらゆる状況でダイナミックに指定、追加、修正、再利用できる(V-5)

 この原則に従うには、ビジネス知識を業務ソフトから独立させて保持すればよい。業務ソフトの中に知識をじかに記述してしまうと、ルールの条件だけを修正すればよい場合でも、いちいちソフトを確認することになる。

  • ビジネス知識ベースはビジネス能力またはビジネスソリューションに組み込めるすべての基礎的なビルディングブロック同士を分離し続けなければならない(VIII-3)

 この原則は分かりにくいため、例示が付いている。ビジネスにおけるイベントやそれを担う人の役割からプロセスを分離する。そのプロセスからビジネスルールを分離できる。さらにビジネスルールからコンセプトモデルを抽出する。これが「分離し続け」るという意味である。

 ただし、こうしたボトムアップのやり方だけでコンセプトモデルを整備するのは難しい。ビジネス戦略からトップダウンでコンセプトを描き、そこにボトムアップで分離し続けた知識を盛り込みたい。

  • すべての原則は概念的、論理的および物理的に確立されている。これらの原則を実現するために必要な唯一の事柄は、それらを実践に移し、新しい生き方として、新しいパラダイムとして、繰り返し、段階的に、献身的に実現することへのコミットである(マニフェスト後書き)

 ビジネス知識に含まれるデータモデル、プロセスモデル、ルールないしディシジョンモデルを整備し、再利用する手法は確立されている。マニフェストの起草者であるロジャー・バールトン氏、ロナルド・G・ロス氏、ジョン・A・ザックマン氏はそうした手法の第一人者である。

 ただし、バールトン氏が勧めるビジネス・プロセス・マネジメント(BPM)にしても、ロス氏が勧めるビジネス・ルール・マネジメント(BRM)にしても、システム(S)としての実装に気を取られると、BPMSあるいはBRMSは導入したものの、肝心のビジネス知識は再利用されず、業務改革も進まないという事態に陥りかねない。業務ソフトを素早く実装するツールとしてBPMSやBRMSを採用したのであれば「新しい生き方として、新しいパラダイムとして」導入したとは呼べない。

 ビジネス知識を現場のプロセスや業務ソフトから分離し、再利用できるように整理していくことは一朝一夕にはできない。3人の起草者はマニフェストの後書きで「時間がかかるだろうし、熱心に取り組む必要があるだろうし、忍耐も必要だろう」と述べている。

 時間がかかるだの、忍耐だのと言われると、事業部門も情報システム部門もマニフェストの原則を実践するハードルを高く感じてしまうだろう。だが、マニフェストはこう記す。

  • それらを無視するのは(中略)いかにビジネスを成功させるのかよりも、ソフトウエアをより迅速に構築する方が重要だと言っているようなものである(後書き)
谷島 宣之(やじま・のぶゆき)
日経BP総研 上席研究員
1985年電気通信大学情報数理工学科修士課程修了、日経マグロウヒル社(現・日経BP社)入社、日経コンピュータ編集部に配属。日経ウォッチャーIBM版、日経ビズテック、日経ビジネスオンラインの記者、編集委員を経て、2009年から日経コンピュータ編集長。2013年から日経BPイノベーションICT研究所上席研究員。2015年から現職。