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コンピューターの利用について40年前と現在で最も顕著な変化は何だろうか。インターネットによって人やモノをつなぐ社会基盤ができたことだと考える。社長やIT専門家の役割は不変だが社会基盤を常に意識しなければならない。

 2014年1月9日号から始めた本連載は当初、全3回で終わる予定だったが意外に長く続き、今回は第200回である。また日経コンピュータはこの10月、創刊40周年を迎えた。私事になるがコンピューター関連の記者になってから36年が過ぎた。節目の時期ということにしてコンピューター利用や情報の活用に関し、40年前と今で最も大きく変わったことは何か、企業の経営者、情報システム責任者やIT専門家はその変化にどう対処するとよいのか、考えてみた。

40年前の未来像が今ここにある

 記者になって取材したあれこれや日経コンピュータ創刊当時の記事を思い浮かべ、ここ1、2年本欄に書いてきた内容と比べてみると、最も違うのは「インターネットとモバイルデバイス、クラウドコンピューティングサービスによって新たな社会基盤が成立したこと」という結論になった。

 多くの人がスマートフォンを持ち、インターネット経由でクラウドを利用し、連絡を取り合ったり、業務を処理したり、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)から発信したりしている。人だけではなく各種のモノも結びつく。人と人、人とモノ、モノとモノのつながりとそこでやり取りする情報も社会基盤の一部として含まれる。

 利用の目的があらかじめ定まっていないという特徴を持つコンピューターは人々の想像力を刺激するため色々な未来像が語られてきたがその多くが新たな社会基盤の上で実現されている。

 コンピューターやアプリケーションソフトウエアを自前で持たなくても通信ネットワーク側で処理してくれるVAN(付加価値通信網)やユーティリティーサービスと呼ばれた構想はクラウドによって実現されつつある。

 一人ひとりが手近に利用できるよう携帯ないし体に装着できる小型コンピューターを用意する、事務所や道路など空間を利用する、といった試みは古くからあった。片仮名を並べるとアンビエント、ウエアラブル、パーベイシブ、ユビキタスといった言葉が冠された。多数の機器が提案されては消えていったが電話の再発明であるスマートフォンが登場し、40年前には想像できなかったほど高性能なコンピューターを個人が持ち歩くようになった。

 コンピューターのハードウエアは日進月歩だが利用するためのソフトウエアの開発がなかなか追いつかない。この点も40年以上前から指摘され、ソフトウエア危機や技術者不足が何度となく問題視され、対策としてソフトウエアの部品化再利用やCASE(コンピューター支援によるソフトウエアエンジニアリング)がけん伝されてきた。

 ちなみに日経ビジネス創刊号(1969年10月号)には『日本のソフトウエアはここまで来た』と題した記事が載り「応用ソフトウエアに心配はない。これから米国をしのぐものができても不思議ではない(中略)事務処理用プログラム1ステップの値段は日本は200~300円だが、米国では5ドル(1800円)につく。したがって輸出のチャンスにも恵まれる」と書かれていた。

 残念ながら輸出の機会には恵まれなかったがソフトウエア危機はオープンソースソフトウエア(OSS)の動きやGitHubのような協業場所の登場によって回避されている。世界中のソフトウエア技術者が連携して成果を生んでいくわけだが、技術者にとどまらずSNSなどを介して人と人はつながり、互いの考え方や行動に影響を与え合っている。良いことは多々あるが悪いこともある。ジョージ・オーウェルが小説『1984年』に描いた監視社会はカメラ付スマートフォンによりほぼ実現されたと言える。