PR
全2476文字

1970年前後、電子計算機の導入に先達は取り組んだ。設計や管理に関して今日でも役立つ知恵が生まれた。50年たち、経営者やIT専門家の間に知恵は定着しただろうか。

 「コンピューター」という言葉は今ではほとんど使われないし、電子計算機やEDPS(エレクトロニック・データ・プロセシング・システム)となると死語だろう。だがITあるいはDX(デジタルトランスフォーメーション)と呼び名が変わっても情報活用とその技術に関する原理原則は不変である。

 情報システム学会の「システム開発方法論への科学的アプローチ」研究会で2019年11月18日、松平和也氏の講演を聞き、上記の感想を抱いた。松平氏の話から「今でも役立つ原則」を筆者なりに抜き出し4点紹介する。

電算機導入の黎明期を振り返る

 松平氏は電子計算機あるいはEDPSの導入が進んだ1960年代後半からシステムコンサルタントとして活動を始め、1975年に情報システム方法論を日本に持ち込んだ。データベース管理ソフトウエアについても早くから目を付けて日本に紹介するとともに日本のソフト開発会社と組んでニューヨーク市のデータベース構築プロジェクトを支援した。複数のシステムコンサルティング会社やIT関連企業の創業に参画、社長を歴任した経営者でもあった。

1.目的と手段をはっきり分ける

 50年前、経営者の期待と理解はどうだったのか。電子計算機とその導入によってMIS(マネジメント・インフォメーション・システム)を実現しようという意気込みが日本の経営者にあった。導入のためのコンサルティング利用について決裁は速かったそうだ。

 MISは流行で終わったと伝えられてきたが当時の経営者に直に接した松平氏によると「経営に役立つ情報を迅速に提供することがMISの目的であり、そのためにEDPSを導入する」と社内で説明した社長がいた。

 目的と手段を明確に区別していたわけだ。うまく経営し価値を生むことが目的でITは手段だが、手段が目的になる逆転現象が今でも起こる。「全社員に配ったPCをシステムだと誤解している経営者がいたりする」(松平氏)。

2.考え抜いて計画し書き直さない

 松平氏は1965年、日本能率協会に入り、同協会が電子計算機の導入支援を始めてからシステムコンサルタントになった。当時使っていたのが「SPCS(システムプラニング&コントロールシステム)」という方法だった。松平氏の上司、吉原賢治氏が電子計算機の導入のために編み出し、松平氏がSPCSと命名した。計画立案、システム設計、進行管理に関するマニュアルとワークシートで構成していた。電子計算機を入れると決めた企業に吉原氏や松平氏がコンサルタントとして関わり、導入担当者たちを指導した。

 例えば導入計画を作成するにあたっては、亀に似た六角形の図(ブロックと呼ぶ)にやるべき活動の名称と内容、実施期間、責任者名、担当者名を書く。ある活動に続く活動を同じ形のブロックに書き、ブロック同士をつなげていき、亀の子のネットワークを描く。導入完了までの全活動を書くとブロックが数百個に及び、書き上げたブロック群を広げると7~8メートルに及ぶこともあった。ブロック図は開発現場の壁一面に張り出し、誰でもいつでも見られるようにした。

 活動の進み具合に応じてブロックの周囲(辺)を塗っていく。活動を終了すると周囲の六辺全てが塗られる。亀の子ネットワークを眺めると、どの活動がどこまで進んでいるかがすぐ分かる。まだパソコンがない時代だから計画立案者はブロック図を手書きし、現場の管理者は進行に応じてブロックの周囲を手で塗っていった。

 この方法で大事なのは考えに考えて計画を練り、ブロック図をいったん書き上げたら何が起こっても書き直さないことだ。松平氏が関わった案件の中には、4年半ほどかかった大型導入にもかかわらず亀の子ネットワークを一切書き直さずやり切った例があった。

この記事は有料会員限定です

「日経コンピュータ」定期購読者もログインしてお読みいただけます。

日経クロステック有料会員になると…

専門雑誌8誌の記事が読み放題
注目テーマのデジタルムックが読める
雑誌PDFを月100pダウンロード

有料会員と登録会員の違い