全2442文字
PR

コンピューターは合理的な道具だがそれを使う人間が合理的とは限らない。このため非合理な迷信とITの利用との差はそれほど大きいわけではない。使いこなすことに挑みつつ、ITの利用がもたらす害にも気を配る必要がある。

 誰しも2022年の抱負を考える時期になった。どのような仕事にせよ、取り組む姿勢や態度が何よりも重要である。先人が残した文章を参考にしつつ、ITや情報システムの仕事をする際の心得について考えてみたい。

 評論家・劇作家の福田恆存氏は昭和35年(1960年)1月5日付の毎日新聞に『五箇條の注文』という文章を寄せた。福田氏は当時の日本と日本人が混乱していると見て、それを正すために『五箇條の注文』を書いたのだが残念ながら1960年に政治を巡って大きな事件が複数起こってしまった。

 執筆から1年後、福田氏は毎日新聞に同じ『五箇條の注文』を出し直すと書き、「現代日本人生活心得」であると述べた。そこで「現代IT利用者仕事心得」と読み替えてみる。2022年も先行きは不透明でありしかも日本の政治や経済がうまくいっているとはと言えない。福田氏が62年前に懸念した混乱が収まっていないからだ。「注文」の読み替えに意味があるゆえんである。

迷信は重んずべし

 『五箇條の注文』の最初は意外な注文で始まる。科学や技術がどれほど進歩しても迷信をばかにしてはいけない。もっとも「重んずべし」としているが心底から信じよというわけではない。迷信と付き合っているうちに当たっても当たらなくても問題にならなくなると福田氏は書いているからだ。

 面食らう記述が続く。「あらゆる眞理が迷信にすぎない」「藝術も科學も、あらゆる價値觀が迷信である」。迷信にすぎないとしても重んじるべきなら「眞理を重んずべし」となって当たり前の話になってしまう。

 福田氏の真意は、どれほど重要なことであっても一定の距離をとってうまく付き合え、とらわれるな、というものである。残る4点の注文もこの主張に沿っている。とらわれるとは、ある真理を心から信じ、ひたすらそのことに取り組む状態を指す。良さそうに見えるが、考え方や姿勢がかたくなになり、同じ真理に賛同しない人を攻撃しかねない。

 IT(情報技術)で社会や事業が激変するというDX(デジタルトランスフォーメーション)に期待するのは人間だが必ずうまくいくとは限らない。クモを朝見かけたら好天と期待するのは人間だが必ず晴れるとは限らない。

 そう考えればITもDXも迷信である。迷信だがうまくやれば期待した価値を生み出せる可能性がある。ただしIT利用やDXを強要したり、「もうこれしかない」と険しい表情で取り組んだりしては良い結果は得られない。

正義の主張は犯罪と心得べし

 どんな正義にも「人を益(益)するものがあると同時に人を害するものがある」。益だけを声高に語り、他人に従わせた結果、害になったら犯罪同様である。どんなITも良き効果と同時に悪しき効果がある。テレワークをすればわざわざ出社しなくて済む半面、同僚との会話が減り、帰属意識が薄れていく。後者の問題を放置し、心の病になる社員が出たら犯罪同様である。

 オブジェクト指向開発やアジャイル開発を推す発言は一時期、「正義の主張」であった。それ以前の開発手法を踏襲する組織や技術者は時代遅れと言われたが、新しいやり方が最適とは言えない分野のシステム開発に正義を押し付け、開発が失敗したとしたら犯罪同様、とまでは言えないが問題である。