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スタートアップへの投資や協業は決して甘くはない。新進企業と連携したいなら、上から目線をやめて大企業側が変わる必要がある。先行者の苦い経験とその後の改善策が、貴重な教訓になる。

 1998年以来、米シリコンバレーでスタートアップ投資を続けているパナソニック。同社が20年に及ぶ投資活動で得た教訓は次のようになる。「スタートアップ投資の正解は企業や産業が置かれた状況によって異なる。過去にうまくいったやり方が現在も通じるとは限らない」(コーポレート戦略本部ベンチャー戦略室の西川孝司室長)。

 パナソニックにおいて既存事業の変革を目的としたスタートアップ投資がうまくいった時期もあった。テレビなどAV家電におけるアナログ技術からデジタル技術への転換が起きた2000年前後である。パナソニックは当時、デジタルセンサーやデジタル信号処理のスタートアップに出資しては、その技術を自社の製品に採用した。出資したスタートアップが新規株式公開(IPO)してまとまった財務リターンを得たこともあった。

 しかし2007年以降、「YouTube」の台頭や「iPhone」の登場によってテレビが動画視聴における主役の座から陥落し「パナソニック自身がディスラプトされる立場」(西川 室長)になると状況が変わった。パナソニックの技術的な優位性が薄れたため、スタートアップの技術を目利きできなくなっただけでなく、優秀なスタートアップがパナソニックに興味を示さないという状況にもなり、スタートアップとの連携が効果を発揮しなくなったのだ。

図 パナソニックにおけるベンチャー活動の軌跡
図 パナソニックにおけるベンチャー活動の軌跡
失敗の経験を生かす
(出所:パナソニックの資料を基に日経コンピュータ作成)
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パナソニックの名はあえて伏せる

 そこでパナソニックは2015年にスタートアップ投資の目的を切り替えた。既存事業の変革は狙わずに、「将来パナソニックが既存事業の代わりに手がけるであろう、新しい事業のタネを見つけてくる」(西川 室長)方針に転換した。パナソニックにとって未知の領域のスタートアップにだけ投資することにしたわけだ。自前でスタートアップを探索せずに、シリコンバレーのベンチャー投資家に任せることにした。投資先がどれだけ有望かについても、既存事業とのシナジー効果によって評価するのではなく、財務リターンでのみ評価するようにした。

 具体的には2017年4月に、シリコンバレーに新しいCVCであるパナソニックベンチャーズを設立し、老舗CVCである米インテルキャピタルや大手VCである米KPCBで経験を積んだ2人のベンチャー投資家をスカウトした。報酬体系もシリコンバレーのVCの水準にした。さらに2018年からは対外的には「コンダクティブベンチャーズ」と名のり、CVCからパナソニックを連想させないようにした。

 2017年以来、既に17社に投資している。2019年11月に出資した、AIによる顧客データ活用プラットフォームを提供するブルーシフトなど、出資先はパナソニックの本業と関係がうすい「飛び地」ばかりだ。「当社は10~20年後、全く新しい事業に取り組んでいるだろう。CVCの投資先リストがそのヒントになる」(西川 室長)。