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中央集権型の日本企業で周囲とあつれきなくアジャイル開発を広めるには、何はともあれ小さな成功事例が突破口になる。稼働したら保守チームに引き継ぐのではなく、「開発し続ける」体制に変えることも大切だ。

 本連載では、アジャイル開発に慣れていない日本企業のIT部門向けに、大規模に組織や文化を変革することなく、要件が明確な業務システムであるSoR(システム・オブ・レコード)領域でアジャイル開発を成功させるためのノウハウを詳解している。前回はアジャイル開発を実践するうえで、実際に取り組む前に最低限知っておきたい5つのポイントのうち2つを解説した。今回は残り3つを解説しよう。

まずは小さい成功事例をつくる

 ポイントの3つ目は、まずは小さくてもよいので成功事例をつくることだ。成功するアジャイル開発を説明するに当たり、日本企業の「特色」を押さえておく必要がある。

 日本企業の多くは伝統的に中央集権型のピラミッド組織である。長年の工夫で、トップの指示命令が現場まで正しく伝わり、また現場の課題がトップに速やかに吸い上げられるようになっているケースが多い。

 一方、アジャイル開発の前提はそうした中央集権型の上意下達ではなく、チームが自律的に活動する点にある。現場に近いチームが迅速かつ現実的に判断することで、大きな価値を生み出すという考え方だ。

 中央集権型組織の中で、ある特定のチームだけが自律して課題を自己解決しながら進めば進むほど、上からは「何をやっているのか分からない」という不信感を、下からは「十分な指導を受けられない」という不安をそれぞれ抱かれてしまう。中央集権型組織と自律型組織の善しあしは置いておくとして、中央集権型組織の中で自律型のアジャイルチームが独自方針で活動しようとすると、様々なあつれきが生じる結果になる点を押さえておきたい。

図 中央集権型組織においてアジャイル開発チームが引き起こすあつれき
図 中央集権型組織においてアジャイル開発チームが引き起こすあつれき
アジャイル開発の自律チームは上からは「不信感」を下からは「不安」を持たれやすい(出所:シグマクシス)
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 実際にあった例を挙げよう。ある企業が社内システム構築プロジェクトを立ち上げた。社内の関係者全員がアジャイル開発を未経験だったが、アジャイル開発手法の採用までは合意した。ただ、要件定義の進め方や各開発工程の完了条件、スケジュールの予実管理などは、これまでのウオーターフォール開発の考え方をそのまま適用してしまった。

 これに反発したのが、社外のアジャイル開発ベンダーの技術者で構成した開発チームだ。開発チームはユーザー企業に対して、アジャイル開発の進め方やルールを粘り強く説明したが、理解を十分に得られなかった。

 プロジェクトは見切り発車し、案の定、進捗が当初想定から遅れ始めた。開発チームは開発作業に専念して遅延をリカバリーしようとしたが、アジャイル開発に不信感を抱いた関係者から要求される進捗率の可視化とリカバリープラン作成に追われ、リカバリー作業そのものが後手に回る悪循環に陥ってしまった――。

 この事例を持ち出したところで、社内システム導入のためだけに全社で組織や文化を変える会社はまずないだろう。組織や文化の変革は長い時間とリーダーシップが欠かせず、そう簡単にできるものではない。アジャイル開発を未経験の人に、その概念やメリット、必要性を話しただけでは腹に落ちるほど理解できないという理由もある。

 圧倒的な説得力を持つのが、身近なアジャイル開発の成功事例だ。突破口はそこになる。どんなに小さくてもよいので、まず社内でアジャイル開発の成功事例をつくり、それを積み重ねて周囲を動かしていく。その際、前述した「上からは『何をやっているのか分からない』という不信感を、下からは『十分な指導を受けられない』という不安を抱かれる」点を忘れず、コミュニケーションを取ることが欠かせない。

 こうして徐々に周囲に「大丈夫そうだ」と慣れていってもらうのが、実は定常的にアジャイル開発を推進していくための一番の早道である。最初の一歩は小さく苦労も多いが、そこを踏み出せれば「組織や文化の変革」を前提とせずともアジャイル開発を定着させる道筋が見えてくる。中央集権型組織でのあつれきを最小限に食い止めつつ、ゼロベースからその一歩を踏み出すノウハウは次回以降で詳解する。