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アジャイル開発の成功には、開発チームの裁量で自由に動ける領域の確保が欠かせない。その「自治区」を確保する担当者として、プロダクトオーナーの代理を立てよう。アジャイル開発に不慣れな場合、進捗管理や初回リリースの範囲にも独特なコツがある。

 アジャイル開発の経験が少ない日本企業が組織や文化を大きく変革せずにSoR(System of Record)領域の業務システムのアジャイル開発を成功させるにはどうすればいいのか。そのポイントを解説する連載の6回目である。

 前回は、チームを形成して実際に開発する開発工程を成功させる4つのポイントのうち最初の1つを解説した。今回は残り3つを説明する。

ポイント2:「自治区」を設ける

 開発工程における2つ目のポイントが「チームの裁量の確保の仕方」である。ウオーターフォール型しか経験のないステークホルダーと初めてのアジャイル開発に取り組む場合、開発成果物の品質を高めるためには、「自治区」とも呼ぶべき「開発チームの裁量で自由に動ける領域」の確保が欠かせない。

 理由は2つある。1つは、自治区がないと頻繁な報告を求められるからだ。一般にアジャイル開発ではスコープ(仕様)は常に変わるものだと考え、あえて全てを事前に合意しない。

 だが要件定義工程で全仕様を合意するウオーターフォール型しか経験のないステークホルダーはこの進め方をすぐには受け入れられず、「全スコープを合意しない代わりに詳細な進捗と作業内容を報告せよ」と義務付けるケースもある。詳細な作業計画は次イテレーション分のみとし、それ以降のイテレーションは概要のみ報告するなど、報告に濃淡をつけることでこの要望を抑える必要がある。

 もう1つの理由は、自治区がないと品質を高める策を打ちにくくなるからだ。アジャイル開発では効率的に品質を高めるために、将来必要になると見越した共通機能を事前に開発したり、定期的に「リファクタリング」したりする。

 リファクタリングとは保守性を高める目的で、外部から見たときの挙動を変えずにプログラムの内部構造を整理する作業である。ただアジャイル開発に慣れていないステークホルダーは、事前開発やリファクタリングを開発を遅らせたり止めたりする作業と見なし、許可しない場合もある。

 本来、自治区を確保するためにステークホルダーと調整する役目を負うのはプロダクトオーナー(PO)である。だが第3回で解説した通り、POは現業との兼務で多忙だったり意思決定の権限を与えられていなかったりするため、調整役には代理プロダクトオーナー(PPO)が適している。PPOとはPOをサポートし、ステークホルダーとチームとのインターフェースを専任で担当する役割だ。

 PPOが自治区を確保するために必要なのはステークホルダーの期待値をコントロールする作業である。例えば「IT監査上必須の機能はリリースするが、ユーザーの『便利機能』については必須機能をリリースした後に実装する」といった条件で合意形成を図ったり、ステークホルダーに分かりやすくかつ頻度を多めに報告・相談したりすることで、ステークホルダーの「不安」を取り除きつつアジャイル開発に慣れさせていく。

 特にステークホルダーが不安になるのが進捗だ。スケジュールが遅れそうな場合は、PPOが気付いたらすぐにステークホルダーとコミュニケーションをとって今後のスケジュールや実装する要件を合意する姿勢が欠かせない。

 自治区の確保はチームが開発に専念できるようにするための大切な作業である。PPOはステークホルダーとの交渉力や自治区の範囲を臨機応変に伸び縮みさせるマネジメント力が求められる難しい役割だが、どんなスキルが必要なのだろうか。

 筆者が考えるに、必要なスキルは3つある。「豊富なアジャイル方法論の知識に基づきチームの課題を解決し、チームをマネジメントしてリードする能力」「チームの状況を的確に把握し、ステークホルダーに報告して期待値をコントロールできる能力」「ビジネス面の要求やシステム面の制約を十分に理解したうえでスコープや優先順位を提案できる能力」――である。

 文字にすると難易度の高いスキルに見えるかもしれないが、実はウオーターフォール型開発におけるプロジェクトマネジャー(PM)に近い役割である。PM経験者がアジャイル開発の「知識」を取得すれば十分に務まるといえる。

 ただ実態としては多くのPM経験者はアジャイル開発プロジェクトで、開発者側の代表者としてスクラムを確立させることの結果に責任を持つ「スクラムマスター(SM)」に任命されてしまう。慣れないアジャイル開発で「教科書通り」を重視するあまり、アジャイル開発でも欠かせないリーダーシップや調整力を十分に発揮できない残念なケースも多い。

 PPOの適任者が見つからない場合や、既にアジャイル開発がスタートしていてそのスピードを落としたくない場合などは、PPOの外部調達も有効な手段といえる。

図 PPOにおけるステークホルダーとの調整の例
図 PPOにおけるステークホルダーとの調整の例
「自治区」の広さをコントロールする(出所:シグマクシス)
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