AI(人工知能)の技術を活用した養豚と豚肉加工品を売りとする地域の新興メーカー。データから需要予測して製造する業務用には手堅いビジネスをしてきた。成長には個人向け市場に参入したいが宣伝費などのコスト上昇を抑える工夫が要る。
「西部課長、販路を拡大する良いアイデアはありますか?養豚加工卸業『近北(きんぼく)ハム』が生産する『キンボク豚』の販売拡大策を考えるよう言われていますが、業務用の拡販は踊り場で、個人客へ販売を考えています」
システム企画室の岸井雄介は、食堂で昼食を食べている経営企画課長の西部和彦に聞いた。
「AIを使って豚を育てる、新興養豚業者だな。高価格帯レストランや高級総菜店に卸しているやつだ。養豚プロセスをデジタル化し、高品質かつ効率的に育てる事例は、DX(デジタルトランスフォーメーション)の成功例として、よく記事で見るよ。安定生産できるので、販売を拡大するわけか?」
「そうです。キンボク豚の生産は自動化が進んでいるので、出荷数が決まれば増産できるんですが、個人客向け販売は数が読めないので、製造や販売ロスが多くなるんです」
「確かにレストランや総菜店向けは消費量を読みやすいが、個人客向けは違う。それだけじゃない。広告費などコストの問題もあるぞ。コスト構造分析して、できるところは削減して販売価格を魅力的にすることが必要だ」
「課長もそう思いますか?大村次長からも同じことを言われました」
「新規ビジネス企画室の大村真治次長か?」
「そうです。でも大村さんにキンボク豚の拡販策を説明したら『コスト削減のアイデアが弱い』って不機嫌なんです」
岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。A銀行が買収したFintech子会社の企画部と兼務しており、さらにグループ横断的検討プロジェクトのメンバーでもある。
西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエースで、岸井の大学の先輩に当たる。ITコンサルティング会社への出向経験を持ち、現在は経営企画課長を務める。
岸井は新規ビジネス企画課と共同で、近北ハムの販売拡大策を検討している。同社はデジタルやデータを活用する技術を使い、味と品質が良く、生産効率も高いブランドのキンボク豚を生産している。
キンボク豚は日本の黒豚と外国の有名産地の豚を用い品種改良したもので、味や香り、食感の良さが売りである。育成場所、気温、飼料、出荷時期の管理手法を北関西農業大学と共同研究し、安定した育成プロセスは世界的に評価されている。
自動化された育成プロセスにより、必要な数を設定すれば、安定して出荷できる強みを持つ。販路を増やせば売り上げに大きく貢献する。そこでキンボク豚の拡販策をメインバンクであるA銀行が検討することになった。
この案件を担当するのは、デジタルビジネス企画室の大村次長と岸井である。岸井は、現在のキンボク豚の販路、コスト構造、今後の販路案などを考え、大村に説明した。