既存の商品やサービスにこだわり続けると客層は広がらない。商品やサービスを他に流用することが求められる。「顧客ずらし分析」で新しい顧客や市場を見いだそう。
「西部課長、最近カラオケボックスを利用していますか」
システム企画室の岸井雄介は食堂で休憩している経営企画課長の西部和彦に聞いた。
「なんだ、突然。最近カラオケに行っていないな。今度はカラオケボックスの企画でも担当しているのか?」
「そうなんです。当行がメインバンクを担当しているカラオケボックスチェーン『ビッグサウンド』の売り上げが減少して事業売却が検討されているんです。顧客拡大企画を求められているのですが、なかなか良いアイデアが思い浮かばずに困っています」
「カラオケ離れが進んでいるしな」
「おっしゃる通りです。カラオケボックス市場は縮小し、35年前の最盛期に比べて3分の1になっています。何とか顧客離れを解決しないとビッグサウンドの未来はありませんし、メインバンクの当行も困ります」
「だが最新設備を導入したり、内装をきれいにしたりするだけでは顧客は戻らない。工夫がいるぞ」
「課長もそう思いますか。同期の天野さんからも同じことを言われました」
「一緒に仕事をしているのは新規ビジネス企画課の天野真弓課長補佐か?」
「そうです。天野さんにビッグサウンドの顧客拡大策を説明したら『顧客に広がりがない』と言われてしまい…」
岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入行以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。最近A銀行が買収したFinTech子会社F社の企画部と兼務になり、さらにグループ横断的検討プロジェクトのメンバーになった。
西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画の仕事を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエース人材で岸井の大学の先輩でもある。出向していたITコンサルティング会社から復帰し、多くの仕事を成功させた貢献が認められて経営企画課長に昇進した。
岸井は現在、新規ビジネス企画課と共同でA銀行の商圏である北近畿で昭和60年代から営業を続けているカラオケボックスチェーン「ビッグサウンド」の業績拡大に向けた企画を検討している。
関西の地方銀行であるA銀行の商圏にはいくつかのカラオケボックスチェーンがある。特に日本のカラオケボックスの創成に大きく貢献したのがビッグサウンドだ。同社はこれまで多くの顧客に愛され営業を続けてきた。しかし最近は消費者の嗜好の変化によりカラオケのニーズが激減している。宴会の2次会で使われる機会が少なくなり、スマートフォンなどを使い自宅で歌を練習する人が増えた。カラオケボックスの需要は低下し、ビッグサウンドの売り上げは減少傾向にある。
カラオケボックスは固定費の負担が重い装置ビジネスである。店舗コストや音響設備コスト、飲食物調理設備コスト、人件費などの固定費がかかる。一定数の来店客がなければビジネスを維持できないという特徴がある。
現在ビッグサウンドは1人カラオケなどに力を入れて黒字を維持している。だがこのままではカラオケ事業から撤退し、他のカラオケチェーンに事業売却を検討せざるを得ない状況に追い込まれていた。そこでメインバンクのA行が販売拡大を支援することになった。