地方の進学塾は地域の受験人口が減り、大手の競合が増えて経営の危機にある。規模の大きさや講師数、立地に関係なく、全国の受験生に刺さる内容は普遍のはずだ。最も価値が大きい学習メソッドを中心に据えれば教える内容をオンライン化できる。
「西部課長、大学受験対策の上杉塾(うえすぎじゅく)の業績向上を検討しているのですが、何か良いアイデアはありませんか?当行の商圏である北近畿で長い間受験対策事業をしてきた上杉塾が、大手予備校の増加で苦戦しているんです」
システム企画室の岸井雄介は食堂で昼食をとっている経営企画課長の西部和彦に聞いた。
「上杉塾か。創業者の教え方がうまくて難関大学に多く合格させてきた有名塾だな。最近は評判をあまり聞かなくなったけど、大手予備校との競争が厳しかったのか?」
「そうです。上杉塾は歴史を持つ進学塾の1つで、難関大学合格メソッドが有名です。進学塾としての高いブランド力を持っていますが、最近は大手予備校の講師数や質、教室の立地に押されて生徒が減少、授業料収入が大幅に下がっています」
「規模で上杉塾が大手と競争するのは難しい。教育自体の価値で勝負だな」
「課長もそう思いますか。木村さんからも同じことを言われました」
「新規ビジネス企画課の木村悟志担当課長?」
「そうです。木村担当課長に上杉塾の業績向上策について説明したら、『商材のオンライン化が甘い』って不機嫌なんです」
岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。最近A銀行が買収したFintech子会社の企画と兼務になり、さらにグループ横断的検討プロジェクトのメンバーになった。
西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエースで、岸井の大学の先輩でもある。出向していたITコンサルティング会社から復帰し、事業への貢献が認められ、経営企画課長に昇進した。
岸井は現在、新規ビジネス企画課と共同で、北近畿に古くから拠点を置く上杉塾の業績向上策について検討している。
A銀行の商圏の中心地域は昔から教育の盛んな地域であり多くの学習塾があった。このうち大学受験で高い合格率を売りにしてきた上杉塾は特に有名で、多くの受験生と保護者の関心を集めてきた。
しかし、少子化による受験人口の減少や、立地の良い大手予備校の受験生への訴求により、資本力で劣る上杉塾の受講生数は伸び悩み、このままでは経営が厳しい状況である。
そこで上杉塾のメインバンクであるA銀行が、上杉塾の経営陣とともに経営改善策を検討することになった。
この検討の担当になったのが、新規ビジネス企画課の木村とシステム企画室の岸井である。岸井は、大手予備校チェーンや他の個人塾の学習コンテンツなどを調査し、木村に説明した。
「岸井補佐、上杉塾の経営改善策の検討状況を教えてほしい。受講生にどのような教育を訴求するのか、どう講師数や教室数の少なさをカバーするのか、それをどのように進めていくのかを詳しく教えてくれないか」
「木村担当課長、最大の課題は、上杉塾の規模が小さく効率が悪いことです。上杉塾の教材や学習メソッドには定評があり、知名度もあって全国的なブランド力もありますが、教室は北近畿にしかない。これではビジネスは大きくなりません。創業者の上杉氏はもともと高校教師で、3年生の大学受験対策を長年担当していました。50歳で独立し、個人塾として上杉塾を始めました。この経緯から、上杉塾には受験生に寄り添う教材やサービスが多くあります」