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個性的な飲食店でにぎわっていた商店街から客が消えた。長引くコロナ禍の中、店はデリバリーでしのぐしか道はないのか。売り上げを上げるには、客と商材、店との関係を見直すことが必要だ。

 「西部課長、コロナ禍で地域の飲食店は厳しい状況です。なんとかする方法はありませんか?当行商圏の七姫子市(ななひめこし)中心部の岬(みさき)商店街に誘致した個性的な飲食店は、このままでは閉店が続出し、またシャッター街に逆戻りです」

 システム企画室の岸井雄介はウェブ会議サービスを通して経営企画課長の西部和彦に聞いた。

 「岬商店街は寂れたところを、君が飲食店やアクセサリーショップをやりたい若者を集めて活性化させたけど、このコロナ禍では飲食店は厳しいよな。客は来ないし、店舗維持の固定費負担も経営を圧迫するしな」

 「そうなんです。2年前の企画で若い経営者の誘致に成功し、店もやっと増えていた中での打撃です。近くのオフィス街からランチ客も来ないですし、夜も宴会が減ったので売り上げが下がっています。今は持ち帰りやデリバリーを準備しており、これを強化するしかありません」

 「深刻だな。でもデリバリーだけで持ちこたえられるか?宅配サービスの『ムーバー・フーズ』や『出前バイカー』は多くの飲食店が登録していて価格競争になるから、個人の小規模店が多い岬商店街は厳しい。やはり、客に店や料理を見てもらって食べたくなる店が必要なんだけどな」

 「課長もそう言いますか。一緒に検討している山野さんもそうなんです」

 「新規ビジネス企画課の山野麗香課長代理?」

 「そうです。岬商店街の支援企画について説明したら、『店と客の常識から抜け出せていない』って言うんです」


 岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入行以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。最近A銀行が買収したFintech子会社の企画部と兼務になり、さらにグループ横断的検討プロジェクトのメンバーになった。

 西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画の仕事を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエース人材で、岸井の大学の先輩でもある。出向していたITコンサルティング会社から復帰し、多くの仕事を成功させた貢献が認められ、経営企画課長に昇進した。

 A銀行の商圏にある七姫子市駅前にある岬商店街は、来客数低下による売り上げ減少や店舗運営者の高齢化、後継者不足で店を継続営業できないところが増えシャッター通りとなった。A銀行に支援依頼があり、数年前から活性化企画を実施中だ。

 担当は岸井と新規ビジネス企画課である。廃業し利用されていない店舗にアクセサリー、雑貨、飲食店を誘致できないかと考え、店を経営したい若い事業者に低価格で店舗を貸し、経営教室を開設するなど商店街の活性化策を講じて一定の成果を上げている。

 人気があるのは個性的な飲食店だ。海外から取り寄せた海鮮や肉料理など個性的で差別化できているフードを、価格を抑えて1000円以内で食べられることが人気を呼び、客の来店動機になっている。

 この施策を実施してから商店街の店舗経営は軌道に乗り、商店街も活気づいていた。しかしコロナ禍で客が来なくなる中、固定費負担も重く、営業が維持できなくなる店舗が続出して課題となっている。

 そこで岸井と新規ビジネス企画課の山野課長代理が検討を開始した。岸井は全国の飲食店の状況、フードデリバリーサービスの利用状況、コロナ禍に強いビジネスモデルを調査し、山野に説明した。


 「山野さん、ご存じかと思いますが七姫子市には、駅前中央部に商店街などの商業施設と住居用マンション、駅東部にオフィス街と集約した医療施設、西部郊外の丘陵地にニュータウンがあり、これらの客が商店街の客となっていました。

 昼食時はオフィス街の会社員が駅前の飲食店に来ますし、医療関係者や来院する人も食事や喫茶で来店していました。さらに、ニュータウンの住人が買い物や食事で一定数商店街に訪れます。夜は地元客が食堂で食事を取ったり、会社員が宴会を開いたりするなど18時~23時くらいまで客が途絶えず、安定した売り上げがありました。

 しかし、コロナ禍で客足が止まりました。夜20時までの来店は以前の20%程度ですし、そもそも緊急事態宣言下では20時以降、事実上店舗は営業できません。非常事態宣言が終了すれば客足は戻って来るとは思いますが今は厳しいです。またランチ時間帯も30%程度で、医療関係者はほぼ来店しなくなりました。

 当行は事業維持のための融資を行っていますが、客が来ない状況では根本的な解決にはなりません。売り上げを向上させない限りだめなのです」