既存の商材価値の範囲から脱却できなければ長く続くビジネスにならない。新ビジネスの検討には設備やノウハウといった構成要素を生かして価値を広げることが重要だ。「ユースケース分析」シートにより既存ビジネスに新しい価値をもたらそう。
「岸井、カラオケボックス『ビッグサウンド』の顧客拡大案件はうまくいっているそうじゃないか。本部長が喜んでいたぞ」
経営企画の西部和彦は喫茶ルームで休憩しているシステム企画室の岸井雄介に声をかけた。
「うまく軌道に乗ってホッとしています。ですが今は別の案件を抱えていて喜んでいる暇がないんですよ。西部課長はドローンに詳しいですか?」
「なんだ。カラオケボックスの次はドローンか?」
「そうなんです。北近畿自動車教習所が若者の減少と車離れで苦しんでいるんです。自動車免許教習に加えて他の教習メニューが考案されています。それがドローンの操縦技術なんですよ」
「しかしドローンの操縦に国家レベルの免許は必要なかったはずだ。そんなに通う人が増えるか疑問だな」
「確かに自動車のような免許制度はありません。ですが操縦技術の習得だけでなく、禁止区域を飛行する許可の取得方法など学ぶべきことはあります。これが商材になると思いまして」
「それは分かるがドローンという商材価値を生かしてビジネスにするには工夫がいるぞ」
「西部課長もそう思いますか。榊巻課長からも同じことを言われました」
「一緒に仕事をしているのは新規ビジネス企画課長の榊巻亮か」
「そうです。榊巻課長に北近畿自動車教習所のビジネス拡大ついて説明したら『商材の価値を生かしていない』と不機嫌なんです」
岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入行以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。最近A銀行が買収したFinTech子会社F社の企画部と兼務になり、さらにグループ横断的検討プロジェクトのメンバーになった。
西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画の仕事を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエース人材で岸井の大学の先輩でもある。出向していたITコンサルティング会社から復帰し、多くの仕事を成功させた貢献が認められて経営企画課長に昇進した。
岸井は現在、新規ビジネス企画課と共同でA銀行の商圏である北近畿地域で自動車教習所を営む北近畿自動車教習所の業績拡大に向けた企画を検討している。地方銀行であるA銀行の商圏には山間部や臨海部が多く、移動に自動車は欠かせない。このため最盛期には4つの自動車教習所があり、どれも盛況だった。
しかし最近は北近畿の若者が減少し、若者の間で「車離れ」が起きている。北近畿自動車教習所は新規顧客数と売り上げが大きく減少している状況だ。自動車教習所の運営には土地の維持費や自動車の購入費用と維持費用、事務員や教官の人件費などの固定費がかかる。常に一定数の客が教習所に来なければビジネスを維持できない。
北近畿自動車教習所は3つの教習所を吸収し、自動車数や教官数を減らしてコストダウンを図った。現在、何とか黒字を維持している。しかしこのままでは限界を迎えて廃業せざるを得ない。そこでメインバンクのA銀行が事業の拡大を支援することになった。