ネットスーパーで先行した地場スーパーが、大手チェーン参入で客を奪われた。同じ事業なら、規模で勝る相手の同質化戦略に対して勝ち目はない。だが自社の強みを分析して横展開できれば、競争ではなく共創の道が開ける。
「西部課長、大手ショッピングモールに資本力で劣る中小スーパーが勝ち残るにはどうすればいいでしょうか?『スーパー北キン』のネットスーパー事業の今後を考える必要があるのですが、良いアイデアがありません」
システム企画室の岸井雄介は、経営企画課長の西部和彦にオンライン会議をつなげて聞いた。
「あれ、北キンは、君が提案したネットスーパー事業のおかげで業績回復したのではなかったか。また業績が悪化しているのか?」
「はい。しばらく調子が良かったのですが、競合の『トロンモール』がネットスーパーを始めたり、買い物の会計を素早く済ませる『セイサン・ゴー』といったDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進して新システムを矢継ぎ早に投入したりしたので、北キンの売り上げが増えないのです」
「岸井、中小が差別化戦略を取ると、大手は資本力を持って同質化戦略(模倣して差別化戦略の意味をなくすこと)で対抗してくる。戦いは非情だ。次に取るべき戦略を考える時期だな」
「課長もそう言いますか?東郷さんからも同じことを言われました」
「デジタルビジネス推進室の東郷浩司次長?」
「そうです。東郷次長に北キンの業績拡大策を説明したら、『強みの生かし方が弱い』って言うんです」
岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。最近A銀行が買収したFintech子会社の企画部と兼務になり、さらにグループ横断的検討プロジェクトのメンバーになった。
西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエースで、岸井の大学の先輩でもある。出向していたITコンサルティング会社から復帰し、事業への貢献が認められ、経営企画課長に昇進した。
岸井は現在、新規ビジネス企画課と共同で、A銀行の商圏である北近畿で1980年代から事業を続けている北キンの業績拡大企画を検討している。
北近畿で創業した同社は地域型スーパーではオーソドックスな存在で、北近畿の都市部に1号店を開業以来、山間部と臨海部を中心に出店を続けて店舗を拡大、現在20店舗を展開する。
強みはオリジナル食材だ。地域漁船の漁獲をまるごと仕入れた「漁船まるごとセット」や米国業者との専属契約で仕入れる「養殖クロマグロ」、低カロリー、低糖質、高ファイバー(繊維質)のオリジナル総菜などはテレビで紹介されるほど人気が高い。