IoT(インターネット・オブ・シングズ)技術を使ったスマートウエア事業の競争が激化している。大手競合が続々参入する市場では、地域のメーカーが機能追加で戦う余力は少ない。既存ビジネスだとしても、今ある機能やノウハウの価値を新市場に横展開する道がある。
「西部課長、ヤマノのアクティブスマートウエアが大手メーカーの参入で過当競争状況になっているのですが、どうすれば抜け出せますか?」
システム企画室の岸井雄介は、食堂で昼食をとっている経営企画課長の西部和彦に聞いた。
「ヤマノは工事作業者向けの健康・安全管理機能付きスマートウエアで市場を切り開いたのではなかったか。もう競合が参入してきたのか?」
「はい、大手メーカーが次々に参入し、シェアが落ちています」
「高機能化と低価格化か?」
「そうです。競合が増え、機能競争と価格競争が厳しくなって…」
「岸井、それは既存ビジネスを横展開するチャンスだよ」
「課長もそう思いますか。西岡さんからも同じことを言われました」
「新規ビジネス企画課の西岡香課長補佐か?」
「そうです。西岡さんにスマートウエア事業の改善について説明したら、『既存ビジネスの生かし方が弱い』って言われました」
岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。最近A銀行が買収したFintech子会社の企画部と兼務になり、さらにグループ横断的検討プロジェクトのメンバーになった。
西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエースで、岸井の大学の先輩でもある。ITコンサルティング会社への出向経験を持ち、現在は経営企画課長を務める。
岸井は現在、新規ビジネス企画課と共同で、A銀行の本拠の北近畿で昭和40年代から事業を続けているスポーツウエア/ビジネスウエア/スマートウエア事業メーカー、ヤマノの業績拡大に向けた企画を検討している。
A銀行の商圏にある学校向けに、機能面で優れたジャージー、ユニホームを安価に供給してきたヤマノは、地域に愛され事業を続けてきた。
ヤマノの商材の1つ目は高機能素材「アクティブストレッチ」を使った学校用運動着である。この独自素材を武器に、北近畿の学校指定の運動着市場をほぼ独占するほど安定した業績を上げてきたものの、児童数減少によって市場はしぼんでおり厳しい状況だ。
そこで化学素材で軽く、動きやすい、はっ水性に優れたアクティブスーツを開発、工事現場用のスーツとして、2つ目の柱の事業として拡大させた。
しかし、コロナ禍による通勤機会の減少でビジネスウエア市場が縮小したので、ヤマノは新規ビジネスとして工事作業者に対する健康・安全管理機能を付加したIoT(インターネット・オブ・シングズ)スマートウエア事業を開始した。しばらく好調だったが大手の参入で競争が激化している状況だ。
このため、A銀行が支援することになった。担当になったのは新規ビジネス企画課の西岡と岸井である。岸井はヤマノのIoTスマートウエア事業の状況や競合相手の商品・サービスの調査をした上で、西岡に説明した。
「西岡さん、ヤマノは米国で化学繊維の研究をしていた山野氏が昭和40年代に始めました。山野氏は米国で伸縮性が通常より高い素材を発見、この権利を買い取り日本でアクティブストレッチという名前で売り出し、学校用運動着としてヒットさせました。しかし少子化で学校用運動着の市場が減少するとみて、アクティブストレッチを別市場向けに転用しました。それがアクティブスーツです。扱いやすいとして屋外で仕事をする営業担当や現場作業員に受け入れられました。しかしこれからという時に新型コロナ禍で売り上げが激減しました。そこで、順調だった作業用ウエアにデジタル機能で付加価値を提供すればよいと考えました。それが、工事作業者用のスマートウエア事業です。これは、センサー付き作業用上着、ズボン、シャツなどで、夏や冬でも野外で作業する人の健康管理、安全管理ができるスマートウエアです。体調が悪くなる前に休憩指示を出すため、ケガや事故を減らせるなどの効果が見込めます。最初は競合がおらず、順調に売り上げが伸びていました」
「というと今は?」
「発売から2年経過した現在では、大手メーカーから同様の機能を持つスマートウエアが投入されており、知名度と価格面で勝てないヤマノは選ばれなくなっています。このため、価格を下げなくても済むように機能をアップするか、徹底的なコスト削減で価格を下げて戦うかをヤマノは決める必要があります。しかし、コスト削減にも限界があるので、付加価値を高める機能追加を検討する方向がよいと考えています」